第4話 跡取りのお父様
「ブリヤン。お前を、私の後継者から外す手続きを申し立てた」
義父の言葉に、夫は大きく息を吐きました。
笑っているのだとわかるまで、少しかかりました。いったい、どのあたりに笑えるところがあったのでしょう。
「父上。そこまで大げさなことをして、私を引き止めたいのですか」
「お前を引き止める話などしていない」
「侯爵家への体面なら、ご心配は要りません。ラベンダー自身が離婚に同意したのです。それとも、侯爵から何か言われたのですか?」
私の実家が強ければ、妻本人へは何を言っても構わない、というわけではないのですが?
まあ、この三年で理解できなかったことを、今朝だけで覚えるのも難しいでしょう。
義母が夫の腕を叩きます。
「あなた、お父様に謝りなさい。スカーレットのためにも」
「なぜ私が! 後継者を外すなど、できるはずがないだろう」
そう言ってから、夫は審理官の顔を見ました。記録を続けているので、少し不安になったようです。
「……嫡男を、そんな簡単に変えられるものではないでしょう?」
「いえ、正式な申立てがございました。ご出生に関する異議と、ご婚姻後の行状について、順に確認いたします。処分の決定と必要な承認は、その確認を経て行われます」
審理官は、夫にも確認できるよう書面を差し出しました。
夫は受け取りかけた手を止めます。
「出生?」
「お前は、私の血を引いていない」
今度は、笑い声も出ませんでした。
夫は義父の顔を見つめ、それから隣の義母へ向き直ります。義母は顎を上げ、夫より先に声を張りました。
「何をおっしゃるの。私がこの家で産んだ息子を!」
「お前が産んだことを疑っているのではない。父親の話だ」
「二十六年もたってから、よくもそんなひどいことを!」
スカーレット様は二人の顔を交互に見て、夫の袖を引きました。
「ブリヤン、お母様は本当のお母様なのでしょう?」
「当たり前だ!」
「では、何を心配しているの? 伯爵夫人のお子なのだから、あなたが跡取りでよいのでしょう」
義母は一瞬、よい助けが入ったという顔をしました。
しかし、この伯爵位を持っているのは義父です。義母が息子へ譲ってあげられるものではありません。
グレイ子爵がその点を短く説明すると、スカーレット様は、そんな細かい話を今しなくても、という様子で夫に寄り添いました。
細部を全部省いて、伯爵夫人になれるとお思いのようです。
「父上。母上を侮辱するのは、おやめください。私はずっと、あなたの息子として育ったのですよ」
「そのことは、私も承知している。だから、これまでの暮らしも、受けさせた教育も、なかったことにはしない」
義父が封書を審理官へ渡しました。
「しかし、お前の出生について偽られたまま、領地と爵位の継承を進めることはできない。事実を確認し、用意した手続きを取る」
夫は封書へ手を伸ばそうとしましたが、審理官が原本はそのままにと制します。
書類を運ぶために席を立った男性が、控えの写しを夫の前へ置きました。
バーント家の次男に当たる、ブライト・バーント様です。私より二つ年上の、親戚の集まりで何度かお話しした方でした。今朝は義父のお手伝いを引き受けてくださっています。
私の前にも同じ写しを置き、端がカップに触れないよう、少しずらしてくださいました。
この部屋で人の飲み物を気にかける余裕があるのは、私たちの側だけです。
「……あなたが覚えていらっしゃらないだけよ」
義母が、義父へ言いました。
「若い頃のことですもの。お酒も召し上がったでしょう。そんな昔のことを、今さらどうやって確かめるおつもり?」
「酔った晩なら、何があっても覚えていないと思うか? 私はお前と、夫婦として子をもうける行為を一度もしていない。いや、お前も知っている通り、できなかった」
夫が義父から義母へ顔を向けます。
スカーレット様までお腹の上の手を止めたので、ようやくお話が伝わったようでした。
私もそのことを初めて義父に伺った時には、何をお答えすべきか迷いました。非常に生々しいお話でしたので。
あの時、隣に座っていた実父が「続けてくれ」と促してくれなければ、しばらく黙っていたと思います。
ですから今日は、その事実を初めて聞いたふりをする必要もありません。私は写しを開き、次の証言に備えました。
「それこそ、あなたのお言葉だけでしょう!」
義母が書面を押し返します。
「私が夫人の務めを怠ったと言いたいの? あなたが私を放っておいたから――」
「それで、庭番を部屋へ呼びつけたのか」
義母の手が、書面の上で止まりました。
「……誰から、そんな」
「マースという名に、覚えがあるな」
夫が眉を寄せます。
「マース? 領地の農場にいる男ですか。なぜ、あんな男の名が出るのです」
屋敷へ来たこともある方ですから、夫も顔と名前は覚えていたのでしょう。義母は息子の袖をつかみ、何か言おうとして口を開閉しました。
審理官が、古い封書の中身を取り出します。
「夫人。そのマース殿を私室へ呼び出した、あなたの書状が残っております。こちらの筆跡は、ご自身のもので相違ありませんか」
「庭仕事を頼んだだけよ」
「寝室へ、夜にでしょうか」
義母は今度こそ、封書そのものへ手を伸ばしました。ブライト様が書類の前へ立ち、審理官が原本を手元へ戻します。
その間に義父が執事へうなずきました。
「本人に聞こう。マースを、ここへ」




