第2話 子供は一人ではできません
「ま、まさか貴女、あの時、新人をつけてあげたことまで、不満だというの?」
封書を見た義母は、かえって勢いづきました。
「あれはこちらの気遣いだったのよ? 若い嫁には若い侍女がよいでしょう。古参をつけて気疲れさせまいと、気を遣ってあげたのよ」
「こちらには、『二人とも客間の給仕経験はないが、嫁の身の回りには差し支えない』と記されております」
審理官が読み上げると、義母はその部分は飛ばしてくださればよかったのに、というように軽く眉をしかめました。
ちなみに私につけられたローズとペールは、当時、屋敷へ上がって間もない新人でした。
一人は洗濯場、もう一人はリネン室で働き始めたばかり。令嬢の髪を結うことも、来客の名刺を取り次ぐことも、教わっていませんでした。
最初の外出の日、ローズは私の髪へ飾り櫛を挿そうとして、何度も謝りました。ペールは手袋の替えを持つべきかもわからず、部屋と玄関を往復していました。
私へ謝るより先に、教えてもらう相手が必要だった二人です。
「先輩の方へ尋ねると、奥様のご指示を伺うように、と言われました」
ペールが、義母の方を見ずに話します。
「奥様へ伺いましたところ、『嫁の世話くらい自分で考えなさい』と。ですからラベンダー様が、着替えの揃え方から教えてくださいました」
「……そんな昔の言葉を、よく覚えていること」
「私どもも、仕事ができず、お暇を出されるのが怖かったので」
ペールの返事に、義母は口をつぐみました。
私も髪を人に結ってもらうことには慣れていても、人の手でどう結うかを説明した経験はありません。二人で鏡をのぞき込み、ローズと一緒に練習しました。
その成果が今朝の髪です。夫が離婚を宣言したくらいでは、櫛一本緩みません。流石です。
「ほかに、夫人の指示で支障が生じたことはありますか」
「初めて親戚の方々をお迎えした日の、客室の用意です」
ローズが手帳の頁を示しました。
「必要なリネンの受け取りを断られました。ラベンダー様はご自身の部屋の分を回し、お客様がお戻りになってから、ご自分の分を洗濯場で受け取られました」
「あの時のことなら、私も証言できます」
グレイ子爵夫人が手を挙げました。
「廊下でラベンダーさんに会いました。予備が足りないと聞いて、うちの侍女にも手伝わせたのです。その後、ヴァイオレット様にはお伝えしましたね」
「……リネン室が行き違いをしたのでしょう」
「その場でお尋ねになったら、奥様の許しが要ると言われた、とお伝えしました」
親戚の来訪は、私の仕事ぶりを見せる機会でもありました。義母は皆様へ「まだ何もわかっていない嫁」と紹介なさいましたが、その嫁へ渡すはずのものを、ご自身で止めていたわけです。
ありがたいことです。おかげで叔母様方とは、たいへん早く打ち解けました。
ペールが、夫の署名のある出席者名簿と、慈善会から届いた礼状を続けて並べます。いずれも、夫の代理として私が出向いた集まりのものです。
「ラベンダー様が外でのお役目をお引き受けになった日も、奥様はお客様に、ご自分が嫁を教えている、とお話しでした」
「実際、教えていたでしょう! 三年も跡取りができないから、何度も忠告してあげたじゃありませんか」
義母が、ご自分から一番説明の難しいところへお進みになりました。
私はペールの用意した日付の一覧を、審理官へ渡します。季節ごとの来客の前で、義母が同じお話をなさった日の記録です。
「最初は、結婚して半年ほどの時でした。『夫を喜ばせるのも妻の務め』と。次は秋のお茶会で、『侯爵家では子供の産み方まで教わらなかったの?』と」
「まあ! 言葉の端をいちいちいちいち取り上げて、いやらしい子ね!」
「私の実家の話でしたので、よく覚えております」
実父も継母も、私をほかの姉妹と同じように育ててくれました。庶子だから婚家で何をされても帰れない、とお思いだったのでしたら、ずいぶんな見込み違いです。
夫が初夜に言ったことも、ここでの待遇も、実家には伝えています。私が残ると決めた後も、手紙の返事が途切れたことはありません。
「それで、夫が寝室を別にしていたことは、ご存じでしたか」
審理官に問われ、義母は隣の息子を見ました。
「……夫婦のことですもの。私が口を挟むものではありませんわ」
「では、子供については、なぜ私にだけおっしゃったのでしょう」
「だって、産むのはあなたでしょう!」
義母は勝ったつもりで言い切りました。
夫もうなずきかけて、向かいの叔父様方の顔を見て動きを止めます。
「お義母様。私は一人で増える種類の生き物ではございません」
後ろで、ペールが短く息を吸いました。笑いをこらえたのでしょう。ローズが書類箱を持ち直し、その陰で侍女仲間の肘をそっと押しています。
義母は私をにらみ、夫の腕をつかみました。
「もういいわ! スカーレットなら、この子を幸せにしてくれるもの! 昔から、この子がずっと一筋に愛していたのはスカーレットなのよ!」
「はい、その件も、確認いたしましょう」
審理官が向き直ると、スカーレット様は、名前を呼ばれるのを待っていたかのように笑顔になりました。
「まあ! 私たちの出会いから、お話しすればよろしいのね?」




