第1話 愛さないそうですので
「は? 私は、妻を不当に扱った覚えなどありませんが」
離婚を求める理由を尋ねられ、夫はまずそう答えました。
理由ではなく弁明から始まったのは、私の侍女たちが抱えているものが、さすがに気になったからでしょう。
「ただ、夫婦としての愛情が育たなかった。それに、子供もできなかったのです」
「ラベンダー殿。ご異存は?」
「はい、子供ができなかった理由について、補足をお願いいたします」
審理官が筆を止め、こちらを向きます。
夫の隣では、義母が待っていましたとばかりに口を開きかけましたが、私は先に続きを申し上げました。
「私、夫とは、結婚した晩から一度も同衾しておりません」
「ラベンダー!」
夫が勢いよく立ち上がり、椅子を後ろへ押しました。
「お、お前、親戚の前で、何ということを言うんだ!」
「子供のお話をなさったのは、ブリヤン様でしょう」
親戚の皆様に妊娠の仕組みから説明する必要がなくて、助かります。
バーント伯爵夫人は夫へ椅子に戻るよう手で示し、グレイ子爵は書記の筆が追いつくのを待っています。
私は三年前の晩に言われたことを、できるだけ正確に繰り返しました。
「貴方は『お前を愛することはない』と、おっしゃいました。『永遠に愛する女性は別にいる。侯爵令嬢といっても、お前は庶子だ。私の心まで手に入ると思うな』とも」
ああ、今でもはっきりくっきり思い出せますわ。
結婚式を終え、重い髪飾りを外し、やっと一息ついたところでした。私が椅子に座るより先に、夫はご自分の心の所有権について宣言なさったのです。
私はまだ、夫のお好きなスープさえ存じませんでした。心までいただこうとは、ずいぶん先の話です。
「そのお言葉に、私は承知したとお答えしました。すると、その晩から別々の部屋で暮らすように、と」
「う、嘘はつくな。お前だって、その方がよいと言っただろう」
「はい。ですから承知した、と今も申し上げましたが?」
審理官が、夫の発言も記録するよう書記に促します。
夫はそちらを見てから、急いで言い足しました。
「つまり、妻も同意していたのです。私だけを責めるのは筋違いだ!」
「別室で暮らすことへの同意と、子がない責任の所在は、それぞれ確認いたします」
結婚の初日にこれだけはっきり告げていただいたので、私も余計な期待を抱かずに済みました。
翌朝、義父にはそのまま報告していました。新婚早々のお話としては気まずいものですが、先々の継承に関わることを黙っておくわけにもいきません。
義父は私の実家へ連絡し、一度帰って考えてもよいと言ってくださいました。
私が選んだのは、この家に残り、引き受けた仕事を続けることです。義父には相談できましたし、三年という区切りを決めて状況を確かめることも、実家と話し合っていました。
あ、もし夫への献身を誓って踏みとどまった、というお話をお望みでしたら、申し訳ございません。
「寝室の件は、私も当時から把握していた」
義父が証言すると、夫は露骨に顔をしかめました。
「お前…… 父上にまで告げ口していたのか」
「跡取りの婚姻生活について、当主であるお義父様へ報告しましたが?」
「そんなことまで父上に頼るから、お前は可愛げがないんだ」
おやおや、可愛げをご所望だったのでしょうか。初日にお断りされたつもりでしたが。
そこへすっと侍女のローズが手帳を開くと、夫は今度はそちらをにらみます。
「夜のことを侍女が知るはずがないだろう」
「お部屋へお入りにならなかったことでしたら、存じております」
ローズは審理官へ一礼しました。
「私は婚礼の翌日からラベンダー様付きとなり、夜の支度を担当してまいりました。旦那様は一度も、ラベンダー様のお部屋でお休みになっておりません」
「私も、朝のお支度を担当しております。旦那様のお部屋の品をこちらへ移したことはございません」
もう一人の私づき、メイドのペールが続けると、夫は二人から私へ視線を戻しました。
「そ、それは…… お前が近寄り難くしていたからだ」
「どのようにでしょう?」
「何でも一人で済ませて、私のところへ来ようともしなかった」
それは初耳ですね。私、永遠の愛の持ち主が別にいるとおっしゃるので、ご遠慮していたのですが。扉を叩く順番待ちでもしているべきだったのでしょうか。
それでも、必要なお話をしに伺ったことはあります。
「確か、領地から届いた挨拶状のお返事をお願いした時には、『お前が書けばよい』と。慈善会へご一緒いただきたいとお願いした時には、『女の集まりに用はない』と、おっしゃいましたね」
「細かいことを、いつまでも」
「私はその細かいことを、三年間担当いたしました」
初めのうちは、夫の分の予定も書いてお渡ししていました。返事を待つ間に先方への連絡が遅れるので、義父の了承を得て、自分で進める範囲を決めたのです。
夫は私が何でも勝手にするとおっしゃいますが、許可を取りに行くたびに追い払ったことは、きれいにお忘れのようでした。
「もうよいでしょう? この二人には愛のない結婚だった。それで離婚に応じたのですから」
義母が割って入り、私へ手を振ります。
「ねえラベンダーさん、夫に求められるよう、妻が努力することだって必要なのよ。それを、今さら私たちのせいにされても困るわ」
「お義母様のお話も、これから伺いたいそうです」
ペールが書類箱から、一通の封書を取り出しました。
義母が三年前、私の侍女の配置について出した指示です。封筒には、この家へ来たばかりの私にも覚えのある、紫色の封蝋がついていました。




