序章 では、私からも
「スカーレットが身ごもった。ラベンダー、お前とは離婚する」
その朝、夫のブリヤンは、私の皿に残った焼き菓子よりも軽々と、そう言いました。
朝食を終え、食堂でお茶をいただいていた時のことです。今日は義父の弟に当たるバーント伯爵とグレイ子爵、そのご家族もおいでです。
皆様がそろっているところでお話があると、夫が言い出したのです。
その隣には、いつの間にか椅子を運ばせたスカーレット様が座っています。義母の実家であるマンダリン子爵家のご令嬢で、夫の従姉妹。ついでに、離婚して実家へ戻ってきたばかりの方でした。
ご自身の離婚のお次は、私の離婚ですか。お忙しいことでございます。
「彼女と私は、幼い頃から心を通わせてきた。本来、結ばれるべき二人だったのだ」
「わかりました」
「お前には気の毒だが、私たちの愛は……何?」
「離婚をお受けします、と申し上げました」
カップをソーサーへ戻して答えると、夫は準備していたらしい言葉をいったん飲み込みました。
その袖をスカーレット様が引きます。
「ブリヤン、よかったわ。ラベンダー様も、わかってくださったのよ」
「あ、ああ。そうだな。お前も侯爵家の娘なら、引き際くらいは心得ているか」
私、ラベンダー・パーマネントは二十一歳。クリムソン侯爵家の四女として生まれ、三年前、このパーマネント伯爵家へ嫁ぎました。
夫は五歳年上の二十六歳。三年間一緒に暮らして、感心できたところを探しているうちに、離婚の日を迎えました。
ただし、今日のために準備してきたことなら、いくつもあります。
夫は私が取り乱すと期待していたようですが、こちらは義父と打ち合わせを済ませているのです。夫から離婚の申し出があった場合は、その場で受けることも決めていました。
「あなたが聞き分けのよい人で助かったわ、ラベンダーさん」
義母のヴァイオレットが、息子の隣から満足そうにうなずきます。
「三年も子供に恵まれなかったのだもの。残念だけれど、仕方がないわね。スカーレットなら、もう跡取りを身ごもっているのだし」
「まだ男の子かどうかはわかりませんわ、おば様」
「まあ、そうだったわね。でも、きっと男の子よ」
生まれる前から、その扱いまで決まったようです。
私はテーブルの向こうの義父を見ました。
義父のデイヴィス・パーマネント伯爵は、使い終えたナプキンを脇へ置きます。今朝もいつもと同じ量を召し上がり、お茶のお代わりまでなさいました。私も見習って、先ほど卵とパンをいただいています。
この三人に付き合うには、朝食を抜いてはいけません。
「では、私からも」
義父が口を開くと、夫は早くも胸を張りました。
「父上にも、孫の誕生をお喜びいただけると――」
「ヴァイオレット。お前とも離婚だ」
義母の指からスプーンが滑り、ソーサーにぶつかりました。
夫は胸を張った姿勢のまま、父と母を見比べています。スカーレット様は微笑みかけた顔で固まり、その手だけがお腹の上を動きました。
「……あなた?」
「離婚すると言った。聞こえたな」
「何をおっしゃるの。今日はブリヤンと、この人のお話でしょう?」
この人、というのは私です。
名前を覚えていただく前に、お別れになりそうでした。三年もあったのですが。
義母が親戚の皆様へ顔を向けます。
「お義兄様のご冗談、ひどいと思われませんこと?」
「兄は冗談を言っておりませんよ」
バーント伯爵が、椅子の横に置いていた書類鞄を持ち上げました。グレイ子爵も内ポケットから封書を取り出します。
お二人の奥様は揃って椅子を引き、扉からテーブルまでの通り道を空けてくださいました。
義母の顔が、順番にそちらを追います。
「皆様、ご存じだったの?」
「ええ。この時を待っていました」
グレイ子爵の返答に合わせ、義父が扉のそばの執事へ合図しました。
入ってきたのは、濃紺の上着を着た男性と、筆記具の箱を抱えた若い男性です。王都で貴族の婚姻や継承に関する争いを扱う審理官と、その書記。先ほどまで隣室でお待ちいただいていました。
審理官は身分を示す証書を広げ、夫へ確認します。
「ブリヤン殿。ご自身の意思で、ラベンダー殿との離婚を求められた。相違ありませんか」
「あ、ああ。だが、父上と母上のことは――」
「そちらも併せて扱います。申立ては二件、当事者も立会人もおそろいですね」
書記が義父の指示した席へ座り、インク壺の蓋を開けました。
私の後ろでは、侍女のローズが手帳を、ペールが薄い書類箱を抱えています。
義母はそこで初めて、お茶の支度がとうに片づいていることに気づいたようでした。
「待って。私は何も承知しておりませんよ」
「ご意見は順に伺います」
審理官が、開いた記録簿に日付を書き入れます。
「それでは、両件の審理を始めます」




