泥臭い夜戦(前編)〜キルゾーンと鉄球の嵐〜
泥臭い夜戦(前編)〜キルゾーンと鉄球の嵐〜
地響きが、ポポロ村の境界を覆う森を揺らした。
木々をなぎ倒し、バリバリと嫌な音を立てながら姿を現したのは、黒光りする甲殻に覆われた巨大な蟲の群れ――死蟲機の軍勢だ。
先陣を切るのは、強酸の大顎を持つ歩兵階級『死蟻機』。その数は目視するだけでも三百を超えている。彼らは赤い複眼をぎらつかせ、獲物の匂いを嗅ぎつけるように触角を震わせていた。
「ひぃぃぃぃぃっ! やっぱデカい! そして数が多いィィィ!」
防衛線の中央、わざと開け放たれた入り口のド真ん中で、全身ミスリルアーマーのフェイトが悲鳴を上げていた。
月の光を反射してギラギラと輝くA級装備は、死蟲機たちの複眼にとってこれ以上ないほどの『目印』だった。ネクロアントたちは一斉にフェイトへと狙いを定め、黒い津波となって押し寄せてくる。
「くそっ、やるしかねぇ! 運命の女神よ、俺に微笑めェェェッ!」
フェイトは覚悟を決め、親指でコインを弾き飛ばした。
彼のユニークスキル【コイントス】。表が出れば全ステータスが2倍になる、起死回生のギャンブル。
キィン、と澄んだ音を立てて落ちたコインを、フェイトは力強く手の甲で押さえた。
「見よ! これが俺の――」
パシッ。
フェイトが手を開いたそこには、無慈悲な『裏』の模様が刻まれていた。
「あ」
「ギシャアアアアッ!」
「ごふっ……すまん、急に胃酸が逆流して……俺、もうダメだ……」
フェイトは白目を剥き、バタリとその場に倒れ伏した。全身から脂汗を流し、カタカタと痙攣を始める。
だが、その間抜けな姿こそが、優太の仕掛けた最悪の罠の『トリガー』だった。
突如として無防備に倒れた強敵(?)を見て、ネクロアントたちは「弱った獲物だ」と判断し、完全に警戒を解いてフェイトへと殺到したのだ。彼らは左右の不自然な地形には目もくれず、中央のV字に開けた空間――優太が設定した『キルゾーン』へと、我先にと密集していく。
「よし、よくやったフェイト。お前のその体調不良は、村を救う最高のデバフだ」
後方のCCP(救護拠点)で暗視装置越しに戦況を見ていた優太は、タバコを咥えたまま冷徹に呟いた。
敵の主力部隊が、キルゾーンの中央に完全に収まった瞬間。
「マンミア! 撃てッ!!」
優太の無線越し(魔導通信石)の号令が飛ぶ。
「全隊、一斉射撃開始ィィッ!」
左右の森と塹壕に身を潜めていたマンミア率いる自警団が、一斉に立ち上がった。
彼らが構える魔導ライフルから、紅蓮の魔力弾が十字砲火となってキルゾーンへと降り注ぐ。
「ギ、ギギィィィッ!?」
逃げ場のない密集陣形。そこへ左右から浴びせられる銃弾の雨。
ネクロアントの分厚い甲殻も、集中砲火の前には成す術なく砕け散り、緑色の体液を撒き散らして次々と沈んでいく。
「フン、ただの的当てじゃねぇか。医者の兄ちゃん、大した戦術を組みやがる」
後方に陣取ったネギオが、ポポロ・シガーを燻らせながらニヤリと笑う。
だが、死蟲機もただの獣ではない。
ブウゥゥゥゥゥンッ!
嫌な羽音と共に、上空から数十の巨大な影が舞い降りてきた。空中戦を得意とする『死蜂機』だ。
彼らは十字砲火を掻き潜り、上空から致命的な毒針を自警団の塹壕へと雨あられと射出した。
「ぐあっ!?」
自警団の若き隊員の一人が、肩に毒針を受けて悲鳴を上げた。傷口から急速に紫色の毒が広がり、隊員は痙攣して倒れ込む。
「負傷者発生! 毒です!」
「後方のCCPへ運べ! ネギオ、対空砲で蜂どもを叩き落とせ!」
「言われなくてもやってるぜェェッ!」
ネギオが魔導対空砲のトリガーを引くと同時に、彼自身の右腕が巨大なネギ(ネギカリバー)へと変形し、上空へ向けて無限に伸びていく。鋼鉄をも切り裂くネギの刃が、ネクロワスプの羽を次々と薙ぎ払う。
一方、CCPへと担ぎ込まれた負傷兵に対し、優太はすでに準備を終えていた。
「キャルル、患部を押さえろ!」
「はいっ!」
優太はメスで瞬時に傷口を十字に切開し、毒針をピンセットで引き抜く。すかさず、地球から呼び出しておいた『広域解毒剤』を静脈注射し、クイッククロット(止血剤)を押し当てた。
「解毒完了。キャルル、魔法で塞げ!」
「癒やしの月光よ!」
キャルルが両手をかざすと、切開した傷口が細胞レベルで繋がり、若き隊員の顔に血の気が戻った。
「す、すげぇ……痛みが嘘みたいに消えた……!」
「立てるか? ならライフルを持って前線に戻れ。俺がいる限り、ここは誰一人死なせない『絶対生存領域』だ」
「は、はいっ! ありがとうございます、優太先生!」
負傷兵が士気を爆発させて戦線に復帰していく。
その背中を見送りながら、キャルルはうっとりとした瞳で優太を見つめた。
(ああ、優太さん……。的確な指示、冷徹な戦術、そして命を救う熱い魂。なんて完璧な人……。優太さんがいれば、この村は、ううん、世界中が平和になっちゃう。でも、優太さんの隣は、私だけの特等席ですけどね♡)
キャルルの中で、ヤンデレのメーターがまた一つ限界を突破していた。
「――優太殿! 敵の第二波が来ます! 数が多すぎます!」
前線のマンミアから切迫した声が届く。
十字砲火を強行突破しようと、残存するネクロアントたちが折り重なるようにして、キルゾーンの最深部――優太たちがいるCCPの目と鼻の先まで迫ってきていた。
その数、およそ二百。もはや魔導ライフルでは処理しきれない物量だ。
「マンミア! フェイトの襟首を掴んで、自警団ごと塹壕の底に伏せろ!」
「えっ!? しかしそれでは突破され――」
「いいから伏せろ! 目を瞑り、耳を塞いで口を開けろ!!」
優太のただならぬ怒号に、マンミアは直感で従った。倒れているフェイトを引きずり倒し、全員が塹壕の底に身を隠す。
それを合図に、ネクロアントの群れが勝利を確信したようにキルゾーンの奥へと雪崩れ込んできた。
彼らが踏み入った場所。
そこには、優太が事前の『善行ガチャ』で設置した、12基の緑色の鉄箱――『M18A1 クレイモア指向性対人地雷』が扇状に待ち構えていた。
「地獄の泥水は、俺が被る」
優太は手元の起爆装置の安全装置を外し、躊躇なくグリップを強く握り込んだ。
――ファイア・イン・ザ・ホール。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
夜の森に、太陽が落ちたかのような閃光が走った。
遅れて、鼓膜を破るような轟音と、大地を揺るがす強烈な衝撃波。
12基のクレイモアが同時に起爆。
内蔵されたC4爆薬のエネルギーが、一基あたり約七百発、合計八千発以上もの鋼鉄の球を、秒速一千メートルのパチンコ玉の嵐へと変えて扇状にぶちまけた。
「ギ、ギャアアアアアアアアアッ!?」
それは、文字通りの『面制圧』だった。
最前列のネクロアントたちは、強固な甲殻ごと無数の鉄球にハチの巣にされ、緑色の体液と肉片に変わって吹き飛ぶ。後続の死蟲機たちも、衝撃波と鉄球の壁にミンチにされ、進軍ルートそのものが一瞬にして『巨大な肉挽き機』の中身へと変わった。
爆煙が晴れた後。
そこには、先ほどまでキルゾーンを埋め尽くしていた二百の死蟲機の姿はなく、ただ粉々になった残骸と、緑色の体液で染まったクレーターだけが残されていた。
「な、なんだよこれ……」
塹壕から顔を出した自警団の隊員たちが、信じられない光景に腰を抜かす。
魔法でも闘気でもない。純粋な地球の『物理兵器』の暴虐。
「す、凄まじい威力です……。優太殿、あなたの奥の手は、これほどまでに……」
マンミアは震える声で呟き、CCPに立つ優太の背中を畏怖と熱の入り混じった眼差しで見つめた。
だが。
優太の表情は、微塵も緩んでいなかった。
彼の暗視装置の奥、硝煙の向こう側に、クレイモアの爆風を耐え抜いた『巨大な影』がゆっくりと立ち上がるのが見えたのだ。
ギヂヂヂヂヂヂヂッ……!
通常のネクロアントの数十倍の体積。複数の死蟲機が不気味に融合し、強固な装甲と巨大な鎌を持った化け物。
敵の指揮官、『死蟲将軍機』だ。
「ギシャアアアアアアアアッ!!」
ジェネラルは怒り狂ったように咆哮を上げると、驚異的な速度で跳躍し、最前線で唖然としているマンミアへと大鎌を振り下ろそうとした。
「しまっ……!」
マンミアがパイルバンカーを掲げて防御姿勢を取るが、威力が違いすぎる。直撃すれば、盾ごと両断されることは明白だった。
「キャルル、後のCCPは頼む」
優太はポツリと言い残すと、ホルスターから折りたたみ式薙刀を引き抜いた。
「少し、直接往診に行ってくる」
シャキッ!と刃を展開させた優太の身体が、システマの脱力と八極拳の震脚を組み合わせた『無双薙刀流』の歩法により、一瞬にして爆煙の中へと消えた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
フェイトの最高の囮(胃痙攣)からの、地球の極悪兵器・クレイモア地雷による圧倒的面制圧カタルシス回でした。
優太は安全な場所から指示を出すだけでなく、自らの手で地獄を綺麗にする覚悟を持った男です。
「クレイモアの威力ヤバすぎ!」「フェイト、ある意味MVPww」「優太の往診(物理)キター!」
とワクワクしていただけましたら、
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次回、泥臭い夜戦(後編)。
優太のハイブリッド武術『無双薙刀流』と、キャルル村長の必殺キックが火を噴きます!
引き続きよろしくお願いいたします!




