コイントス狂いの冒険者と、戦術医官の『悪知恵』
コイントス狂いの冒険者と、戦術医官の『悪知恵』
ポポロ村の境界、鬱蒼とした森と畑を隔てる防衛線。
午後になり、優太は自警団リーダーのマンミアと共に村の巡回警備に出ていた。マンミアの太ももの傷は、優太の縫合とキャルルの回復魔法のおかげで完全に塞がり、すでに普段通りに四つの蹄で大地を蹴って歩けるまでに回復している。
「本当に、中村殿――いえ、優太殿の治療には驚かされました。もうすっかり痛みもありませんわ」
「無理はするなよ。抗生剤が効いてる証拠だが、激しい運動はまだ控えておけ」
並んで歩く優太の横顔を、マンミアはチラチラと盗み見ては、ポッと頬を染めていた。
ケンタウロス族の誇り高き騎士である彼女は、これまで「自分より強い男」か「背中を預けられる男」にしか興味を持たなかった。しかし、単身で死蟲機の群れに飛び込み、冷静沈着に命を救い、極上のカレーまで作ってしまう優太の姿は、彼女の『理想のお婿様像』のハードルを軽々と飛び越えてしまっていたのだ。
「あの、優太殿。もしよろしければ、今度の非番の日に私の背中に――」
「おい! マンミア団長! こっちだ!」
マンミアが決死の覚悟で誘いの言葉を紡ごうとしたその時。
防衛線の見張り台から、呑気な声が響いてきた。
そこにいたのは、全身を銀色に輝くミスリルアーマーで包み、背中に立派なミスリルソードを背負った青年だった。
端正な顔立ちだが、どこか軽薄そうな雰囲気を漂わせている。彼こそが、ポポロ村が月給30万円で雇っているA級冒険者、フェイト・ラック(25歳)である。
「フェイト! 貴様、見張りをサボって何を……またそれですか!」
マンミアが額に青筋を浮かべて怒鳴るのも無理はない。
フェイトの右手には、一枚の硬貨が握られていた。
「サボってねぇよ! 俺のユニークスキル【コイントス】の準備をしてただけだ。いいか、このコインが『表』を出せば、俺の全ステータスと運気は2倍に跳ね上がる! もし縁で立てば100倍だぜ? そうなれば俺は一人で魔王軍すら壊滅できるヒーローになれる!」
「裏が出たらどうなるか、言ってみなさい」
「……」
フェイトは露骨に視線を逸らした。
優太はマンミアから事前にフェイトの能力について聞いていた。裏が出た場合、猛烈な立ちくらみと体調不良に見舞われ、その場に崩れ落ちて寝込んでしまうという、あまりにもピーキーすぎるギャンブルスキルだ。
「いくぜ! 今日の俺はツイてる! ルナミス新聞の星座占いも1位だったしな!」
フェイトは自信満々にコインを親指で弾き飛ばした。
キィン、と高い音を立ててコインが宙を舞い、手の甲に落ちる。
「さぁ、見よ! 英雄の誕生を――」
パシッ、とフェイトが手を開いた瞬間。
そこには、冷酷なまでに『裏』の模様が刻まれていた。
「あ」
「あ、じゃないですよフェイトォォッ!!」
直後、フェイトの顔色が一瞬にして土気色に変わり、彼は「ぐはっ」と呻いてその場に膝をついた。全身から脂汗が吹き出し、ひくひくと痙攣している。
「……すん、ません、マンミア団長。急に、親友の従兄弟の隣のおばさんの、友達の飼い犬の、葬式があることを、思い出しまして……俺、今日はもう帰って寝ます……ガクッ」
「てめぇぇぇっ! この前も同じ言い訳でサボったでしょうが! ふざけるな、この給料泥棒!!」
ブチギレたマンミアがパイルバンカーを構えてフェイトを処刑しようとするのを、優太は慌てて間に入って止めた。
「まあ待て、マンミア。怒っても体調が戻るわけじゃない」
「ですが優太殿! これでは防衛線に穴が空いてしまいます! A級冒険者の彼が機能しないとなれば、もし今敵が来たら――」
マンミアの懸念は、最悪のタイミングで現実のものとなった。
ガサガサッ。
森の奥から、複数の足音が近づいてくる気配がしたのだ。
優太は即座に姿勢を低くし、目を細める。森の陰から現れたのは、魔獣ではなく『人間』だった。
ボロボロの革鎧を着込み、粗悪な剣やクロスボウを持った男たちが十数人。三国のいずれかから流れてきた野盗、あるいは末端のゴロツキ共だ。
「ヒャッハー! 見ろよ、ポポロ村の境界だぜ。噂じゃ、この村には美味い飯と高級なタバコがたっぷりあるらしいじゃねぇか」
「おっ、見ろよ。見張り台に女騎士と、へばってる冒険者がいるぜ。しかもあの冒険者、全身ミスリル装備じゃねぇか! 剥ぎ取れば一生遊んで暮らせるぞ!」
野盗たちが下劣な笑い声を上げながら、武器を構えてじりじりと距離を詰めてくる。
「くっ……野盗の群れですか。数が多い。優太殿、ここは私が前衛で時間を稼ぎますので、あなたはフェイトを連れて村へ――」
「いや。フェイトはそこに寝かせておけ」
「え?」
優太はシークレットホルスターからアメスピを取り出し、口に咥えた。
そして、視界の端のウィンドウを呼び出す。
(『村を野盗から守るための防衛準備』……善行ガチャ、300P消費)
優太の意図を察したシステムが、見返りを求めない純粋な防衛行動と判定し、淡い光と共に三つの筒状のアイテムを優太の手のひらに排出させた。
『特殊防犯用・超高濃度熊よけスプレー(カプサイシン20%配合)』と、『戦術ワイヤートラップ』だ。
「いいか、マンミア。軍隊の戦術において『使えない駒』なんて存在しない。大事なのは、どう使うかだ」
「ど、どう使うかって……フェイトは今、息も絶え絶えですよ!?」
「だからこそ、『最高の囮』になる」
優太の口元に、どこか悪魔的な――しかし頼もしい笑みが浮かんだ。
優太は素早く立ち回ると、へたり込んでいるフェイトの周囲の木々に、透明なタクティカルワイヤーを張り巡らせた。そして、そのワイヤーの先に、先ほどガチャで出した『超高濃度熊よけスプレー』を連動させて設置する。時間にしてわずか数十秒の早業だ。
「よし、マンミア。俺たちは木の上に隠れるぞ。弓の射程に入ったら、俺の合図を待て」
「は、はいっ!」
優太とマンミアが姿を消すと、見張り台の近くには、ミスリル装備を着たまま「うぅ……吐き気が……」とうずくまるフェイトだけが残された。
野盗たちは、見張りが逃げ出したと勘違いし、下品な笑い声を上げて一斉にフェイトへと群がってきた。
「ギャハハハ! ビビって逃げやがった! おい、そのミスリル装備を寄越しな!」
「う、うるせぇ……今、胃液が……」
野盗のリーダー格が、フェイトの襟首を掴もうと足を踏み入れた、その瞬間だった。
ピンッ。
野盗の足が、優太の張った透明なワイヤーに引っかかった。
「あん?」
プシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
四方八方に仕掛けられていたスプレーの缶から、赤黒いガスが一斉に噴射された。
ただの毒ガスではない。地球の科学技術が生み出した、ヒグマすら悶絶させる超高濃度カプサイシン(唐辛子成分)のペッパースプレーだ。
「ぎゃあああああああああっ!?」
「目があぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁっ!!」
「息が、あばばばばばっ!!」
肺と粘膜を直接焼かれるような激痛に、十数人の野盗たちが武器を放り出し、顔を掻きむしりながら地面を転げ回り始めた。
「マンミア、今だ。制圧しろ!」
木の上から優太の鋭い声が飛ぶ。
「承知しました!」とマンミアが木から飛び降りると同時に、鋼鎖『メビウス』がうなりを上げて野盗たちの足に絡みついた。
ケンタウロスの怪力で一気に引き倒され、パイルバンカーを突きつけられた野盗たちは、涙と鼻水と涎を撒き散らしながら「ご、降参! 降参しますぅぅ!」と土下座で命乞いを始めた。
たった一人の血も流すことなく、ものの数十秒で完全制圧。
木から降りてきた優太は、悶絶する野盗たちを手際よく結束バンド(これも地球の品だ)で縛り上げていく。
「す、すごいです優太殿……。まさか、フェイトのあの情けない姿すら、罠の囮として組み込むなんて……」
「敵は『無防備な金ヅル』を見れば、警戒心を解いて密集する。それに、あのガスは風向きを計算して仕掛けたから、フェイトには一切かかってない。効率的な制圧さ」
優太はタバコに火を点け、紫煙を吐き出した。
正面からの騎士道的な戦いしか知らなかったマンミアにとって、優太の『悪知恵』――極限まで味方の被害を減らし、状況を最大限に利用する冷徹なまでの戦術眼は、もはや感嘆を通り越して畏敬の念すら抱かせるものだった。
(ああ……なんというお方。正攻法だけでなく、これほどの知略まで持ち合わせているなんて)
マンミアの瞳が、熱を帯びて優太の背中を見つめる。
もしこの人が村の防衛を指揮してくれれば、どんな軍隊が来ようとも負ける気がしない。そして何より、この人のそばにいれば、絶対に味方を見捨てないという強烈な安心感があった。
「おーい、二人とも……俺、まだ気持ち悪いんだけど……」
完全に蚊帳の外で、未だに地面で胃液と戦っているフェイトが恨めしそうに手を伸ばしたが、優太もマンミアもそれを爽やかに無視した。
「よくやったな、マンミア。村長に報告して、こいつらを村の牢屋にぶち込もう」
「はいっ! 喜んでお供いたします、優太殿♡」
マンミアは長い尻尾を嬉しそうに揺らしながら、優太の隣にピタリと寄り添う。
戦う医官の悪知恵とリーダーシップは、ポポロ村の女騎士の心を、また一つ深く射抜いてしまったようである。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ギャンブル狂いのフェイトのやらかしを、逆に罠の囮として利用する優太の「悪知恵」回でした。
軍医としての冷静な判断力と、TCCC(戦術的救護)だけでなく、防衛戦術においても地球のアイテムを活用していくのが優太のスタイルです。
「フェイト不憫ワロタ」「熊よけスプレーはエグいw」「マンミアの好感度がストップ高!」
と少しでも楽しんでいただけましたら、
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次回、ネギオの案内で村の地下に隠された「ドンガン地下シェルター」の秘密に迫ります。
この村がただの農村ではない理由が明らかに……!?
引き続きよろしくお願いいたします!




