極貧アイドルと、ポポロ村のタバコ外交
極貧アイドルと、ポポロ村のタバコ外交
「うめぇぇぇぇぇっ! なんですかこれ、パンの耳より千倍は美味しいですわぁぁっ!」
シェアハウスのダイニングで、リーザは信じられない速度でカレーを胃袋に流し込んでいた。
普段は『パンの耳』『茹で卵』『公園の雑草』しか口にしていない極貧アイドルにとって、スパイスの効いたコク深い海自風カレーは、ほとんど麻薬に等しい破壊力だったのだろう。
「ゆっくり食え。おかわりはまだあるから」
「おかわり!? 天国ですの!? 優太様は神様ですのぉぉっ!」
涙と鼻水を垂らしながらガツガツと食べるリーザの姿に、優太は苦笑しながらコーヒーを啜る。
一方、キャルルは般若のような顔でリーザを睨みつけていた。
「ちょっと、リーザちゃん。家賃も払わないで居候してるくせに、優太さんの手料理を勝手にバクバク食べないでよ。……優太さんの料理は、私(妻)のためのものなんだから」
「むぐっ! キャルルお姉さま、妻だなんていつの間に決まったんですの!? 私だって、優太様の胃袋……じゃなくて、心を満たすアイドルになれますわ!」
「寝言はパンの耳だけ食べてから言いなさい」
キャルルの手首がピキピキと鳴り、月影流の構えに入りかけるのを、優太は慌てて「まあまあ」と制した。
「賑やかなのは嫌いじゃない。それに、美味そうに食ってもらえるのは作り手としては嬉しいからな」
「……優太さんがそう言うなら、今回は許してあげます」
キャルルはすぐに毒気を抜き、優太に向かってふにゃりとだらしない笑顔を向けた。このヤンデレ村長、優太が止める限りは極めて従順である。
「さてと。少し食後の運動がてら、村の様子を見てくるよ」
「あっ、私も行きます!」
「いや、キャルルは村長の仕事があるだろ。書類仕事が山積みだって言ってたじゃないか。マンミアもまだ安静にしてろよ」
優太は二人のヒロインの猛アピールを宥めつつ、パーカーを羽織って外へと出た。
ポポロ村は、三大国家の緩衝地帯という物騒な立地にあるが、表向きはのどかな農村風景が広がっている。
太陽芋やサンライスの畑が連なり、遠くには広大なポポロ・タバコの葉が青々と茂っていた。
(この村、防衛設備が異常だな……)
優太は深層心理にある『銃・病原菌・鉄』の知識と、軍人としての眼力で村のインフラを分析していた。
一見ただの農村だが、要所に魔導対空砲が隠蔽配置され、自警団が持つ装備も最新式の魔導ライフルだ。明らかにドンガン地下帝国やルナミス帝国の技術が流入している。
「おい、そこの兄ちゃん」
不意に、畑のあぜ道から声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは『植物』だった。
いや、正確には植物を人型に組み上げたような存在。世界樹の端末と呼ばれる『ポーン』の突然変異体、ネギオだ。
口元には立派な葉巻――村の特産である『ポポロ・シガー』を咥え、片手には鈍く光るネギ(ネギカリバー)を持っている。
「見ない顔だな。ルナキン(ファミレス)にたむろしてるチンピラか? それとも、三国のスパイか?」
「俺は中村優太。ただの医官だ」
ネギオの鋭い視線に対し、優太は警戒するでもなく、スッと懐からタバコの箱を取り出した。
水色のパッケージ。『アメリカンスピリット』だ。
「……見たことない煙草だな」
「アメスピってんだ。添加物なしの純粋なタバコ葉だけでできてる。……一本、どうだ?」
優太は箱から一本抜き出し、ネギオに向かって差し出した。
ネギオは片眉(にあたる部分)を少し上げると、自分のポポロ・シガーを優太に差し出した。
「ふん。なら、こっちの上物と交換だ」
二人は互いにタバコを交換し、火を点けた。
優太は軍用マッチでシガーに火を灯し、深く吸い込む。芳醇で重厚な香りが肺を満たした。
一方、ネギオもアメスピを吸い、少し目を見開いた。
「ほう……。軽いようでいて、芯がある。ドワーフの作ったクソ不味い紙巻きよりずっとマシだな」
「ポポロ・シガーも最高だ。これなら金貨一枚出しても惜しくない」
紫煙をくゆらせながら、二人の間に漂っていた緊張感がふっと和らいだ。
特殊部隊の教官が言っていた通りだ。『タバコは、現地民や現場の奴と仲良くなれる最強のツールだ』。
「優太、と言ったな。お前、ただの医者じゃないだろ。その立ち姿、常に退路と射線を意識してる」
「医者であることは本当さ。ただ、少しだけ『修羅場』に慣れてるだけだ」
「ふん。まあいい。俺はネギオだ。この村で適当に農作業をしたり、ガキ共に勉強を教えたりしてる」
ネギオはアメスピの灰をトントンと落としながら、村の方角を見やった。
「お前、村長のところの居候だな。昨日、死蟲機のボスをミンチにしたってのはお前か?」
「俺は止血と少しのサポートをしただけだ。トドメを刺したのはキャルルの蹴りだよ」
「謙遜するな。あの脳筋ウサギが、無傷で勝てる相手じゃなかったはずだ」
ネギオはシニカルに笑うと、声を潜めた。
「優太。この村は、お前が思っている以上にキナ臭い。ルナミス、レオンハート、アバロン……三国はお互いを牽制するためにこの村を不可侵としているが、裏ではドンガン地下帝国を通じて大量の物資と兵器が密輸されてる」
「……だろうな。さっき歩いただけでも、対空砲の偽装を3つは見つけた」
優太の返答に、ネギオは小さく口笛を吹いた。
「さすがだな。……だが、一番厄介なのは外の敵じゃない」
「どういうことだ?」
「三国の末端のバカ共だよ。小遣い稼ぎや、腹いせに、定期的にこの村に難癖をつけてきやがる。キャルルや俺たちが追い払ってはいるが……最近、少し動きが活発になりつつある」
ネギオはアメスピを吸い切り、フィルターを指で弾き飛ばした。
「お前がただの医者なら、深入りしないことだ。火傷じゃ済まないぜ」
「忠告はありがたく受け取っておくよ。……だが、俺は医者だからな。村の連中が怪我をしたら、治すだけさ」
優太はシガーを咥え直し、ふっと笑った。
その顔には、一切の恐れも気負いもなかった。
「……ふん。面白れぇ奴だ。気に入ったぜ、優太。何か困ったことがあったら俺に言え。このネギカリバーで、厄介事はみじん切りにしてやるよ」
ネギオはそう言うと、手にしたネギを軽く振り回し、畑の奥へと消えていった。
大人のタバコ外交によって、村の裏事情に通じる頼もしい協力者を得た優太。
彼がシェアハウスに戻ると、そこではリーザがキャルルから「特注安全靴の踵」で頭をグリグリと踏みつけられながら、悲鳴を上げている光景が広がっていた。
「ぎゃあああっ! キャルルお姉さま、ごめんなさいっ! 優太様が脱ぎ捨てたパーカーの匂いを嗅ごうとしただけですのぉぉっ!」
「リーザちゃん……優太さんの匂いは、私だけのものだって言ったよね? 次やったら、そのエラ呼吸の器官ごとすり潰すよ♡」
(……外の敵より、家の中の方が修羅場かもしれないな)
優太は深くため息をつきながら、再びポポロ・シガーに火を点けるのだった。
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