海自仕込みの金曜カレーと、戦う大人の流儀
海自仕込みの金曜カレーと、戦う大人の流儀
ポポロ村の広場に隣接する、村長専用のシェアハウス(4LDK)。
その真新しいキッチンのシンクで、優太は腕まくりをして黙々と皿を洗っていた。
『善行行動(日常の手伝い)を確認。善行ポイント:5Pを獲得しました』
視界の端に浮かぶ半透明のウィンドウを横目に、優太はふっと息を吐く。
(なるほどな。命懸けの救助みたいな重大な行動じゃなくても、皿洗いや溝掃除みたいなささやかな『善行』でも、塵も積もればポイントになるってわけだ)
優太のユニークスキル【地球ショッピング】(通称・善行ガチャ)。
無欲な善行によってポイントを貯め、地球の物資を呼び出すこの能力は、100Pからガチャを回すことができる。現在、優太の残高にはマンミアを救った際の膨大なポイントの残りが十分にあった。
「さて、今日は金曜日だからな。……あれを作るか」
海上自衛隊において、金曜日は『カレーの日』と決まっている。洋上で曜日感覚を失わないための伝統だ。ここは異世界だが、優太の体内時計と魂は未だ海自の医官としての規律を保っていた。
優太は300Pを消費し、日用品・食材カテゴリのガチャを回した。
淡い光と共にキッチンに現れたのは、見慣れた日本のカレールー(中辛)、クミン、コリアンダー、ガラムマサラといった本格スパイスの小瓶、そして隠し味用のインスタントコーヒーと少量のハチミツだ。
「優太さん、私にも何かお手伝いさせてください!」
背後から、ぴょこんと長い耳を揺らしながらキャルルが顔を出した。
ラフなパーカー姿の彼女は、優太がキッチンに立つや否や、片時も離れまいと背後をウロウロしている。その瞳はキラキラと輝いているが、どこか獲物を狙う肉食獣のようなねっとりとした熱も帯びていた。
「じゃあ、このタマンネギ(※この世界のエロ本没収済みネギ)と、月見大根、太陽芋の皮を剥いてみじん切りにしてくれ」
「はいっ! 優太さんのためなら、野菜でも敵の首でも、1ミリ単位で綺麗にみじん切りにしてみせますね♡」
「……野菜だけでいいぞ」
どこか不穏な決意を口にするキャルルに苦笑しつつ、優太は調理を開始した。
大鍋に油を引き、キャルルが完璧な精度で刻んだ野菜を飴色になるまでじっくりと炒める。そこに、村で手に入れた『ロックバイソンの赤身肉』を豪快に投入。肉の表面を焼き固め、旨味を閉じ込めたところで、ガチャで出したスパイスを振りかける。
ジューッ、という心地よい音と共に、クミンとコリアンダーの強烈で食欲をそそる香りがキッチンに爆発した。
「んんっ……!? な、なんですかこのスパイシーで奥深い香りは……っ!」
リビングのソファで療養していたマンミアが、たまらず顔を上げた。
優太の手術とキャルルの回復魔法のおかげで、彼女の大動脈損傷は奇跡的な回復を見せており、すでに起き上がれるほどに治癒していた。
「日本のカレーって料理さ。海自風にアレンジしてある」
優太は大鍋に水を張り、煮込みに入る。ロックバイソンの硬めの肉がホロホロになるまで火を通し、最後にカレールーを溶かし込む。仕上げにインスタントコーヒーの粉と、高カカオチョコを一欠片削って落とすことで、味に劇的なコクと深みを持たせるのが優太の流儀だ。
黄金色に輝く『サンライス(米麦草の変種)』を深皿に盛り、その上に濃厚な赤褐色の海自特製カレーをたっぷりとかける。
「よし、完成だ。食おうぜ」
ダイニングテーブルに並べられた湯気を立てるカレーライス。
キャルルとマンミアは、スプーンを握りしめたまま、その圧倒的な香りの暴力にゴクリと喉を鳴らした。
「い、いただきます……」
マンミアが恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
――瞬間、彼女の亜麻色の瞳が見開かれた。
「おいしぃぃぃぃぃぃっ!?」
ただ辛いだけではない。炒めたタマンネギと太陽芋のトロけるような甘み、ロックバイソン肉の野性味あふれる旨味、それを複雑なスパイスが完璧なバランスでまとめ上げている。さらに隠し味のコーヒーとチョコが、レストランのデミグラスソースのような高級感すら演出していた。
「な、なんて美味しいんですかこれ……! 私、王宮にいた頃の宮廷料理より、ずっと、ずっと美味しいですっ!」
キャルルも感極まったように涙目を浮かべ、バクバクと凄まじい勢いでスプーンを動かしている。
村の食料事情は決して悪くないが、地球の洗練された加工調味料とスパイス、そして優太の計算し尽くされた調理技術が組み合わさったこのカレーは、異世界人にとってまさに『麻薬』に等しい破壊力を持っていた。
二人のおかわりをよそいながら、優太は満足そうに微笑み、自分のポケットから高カカオチョコ(カカオ72%)を取り出して口に放り込んだ。甘さ控えめで苦味の強いこのチョコが、彼の戦場でのエネルギー源であり精神安定剤だ。
ふと、キャルルがスプーンを止め、真剣な眼差しで優太を見つめた。
「ねえ、優太さん」
「ん?」
「どうして……あそこまでして、私たちを助けてくれたんですか?」
キャルルの問いに、マンミアも食べる手を止めて優太に注目する。
医官という安全な立場にありながら、単身で死蟲機の群れに飛び込み、自分たちをかばって戦った。普通の人間なら逃げ出してもおかしくない状況だ。
優太はチョコをゆっくりと噛み砕き、少しだけ懐かしむように目を細めた。
「俺に戦闘技術を叩き込んでくれた、元SEALs……アメリカの特殊部隊の教官の受け売りなんだけどな」
優太は静かに語り始めた。
「『兵士ってのは、市民に地獄を見せないために、自分たちが自ら地獄の泥水に浸かって綺麗にするのが仕事だ』ってね」
「地獄に、浸かる……」
「そうだ。もしそれが嫌なら、教会でお祈りしてママのミルクでも飲んでろって、よく笑いながら殴られたよ」
優太は肩をすくめ、自分の手を見た。
そこには、幾度も訓練と実戦をくぐり抜けてきた、分厚いマメと傷跡が無数に刻まれている。
「俺は医者だ。だが、地獄に放り込まれた患者を救うためには、祈ってるだけじゃ駄目なんだ。武器を取って害虫を駆除し、血みどろになりながらでも命を繋ぐ。……それが、俺の『仕事』だ。だから、あんたたちを助けたことに特別な理由なんてないさ」
淡々と、当たり前のことのように言い切る優太。
キャルルの長い耳が、再び限界まで直立した。
トクン……トクン……。
嘘がない。一切の自己欺瞞も、見栄もない。
この男は本当に、自分の命を天秤に掛けてでも『誰かのための地獄』を背負う覚悟ができているのだ。
(ああ……ダメ。もう、絶対にダメ)
キャルルの中で、何かが完全に決壊した。
こんなに強く、優しく、揺るぎない魂を持った人が、これ以上地獄を見るなんて絶対に許せない。
(優太さんの地獄は、全部私が蹴り飛ばしてあげる。優太さんに近づく害虫は、私が全部、跡形もなく顎を砕いて挽肉にしてあげる。だから……優太さんはずっと、私のそばで、こうして美味しいご飯を作って笑っていて……っ♡)
ヤンデレの炎が音を立てて燃え盛るキャルル。
一方、真面目な女騎士マンミアは、両手で顔を覆い、耳まで真っ赤に染め上げていた。
(強く、優しく、信念があり……その上、こんなに美味しい料理までできるなんて。私を背中に乗せるのはお婿様だけと決めていたけれど……こ、これが私の、25年間待ち焦がれた運命の人……っ!?)
二人からのベクトルは違えど、致死量を超える『激重感情』が優太へと一極集中した、その瞬間だった。
バァァァァァァァァンッ!!
「クンカクンカ……間違いないですわ! この家から、信じられないくらい美味しそうな匂いがしますのぉぉぉぉぉっ!!」
突然、玄関の扉が吹き飛び、一人の少女がリビングへと乱入してきた。
タローマンの安物芋ジャージに健康サンダル。ボサボサの髪の毛に、手には『パンの耳』と『茹で卵』を握りしめた、異常なほど顔の整った美少女。
「なっ……なんだお前は!?」
警戒して立ち上がる優太。
「私は絶対無敵の極貧アイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサン! そこのスパチャ(ご飯)、私にも恵んでくださいませぇぇぇぇっ!!」
よだれを撒き散らしながら土下座で滑り込んでくる極貧人魚姫・リーザの登場に、優太は深々とため息をついた。
「……キャルル。この村には、野良猫も出るのか?」
「野良の駄魚ですね。……優太さんとの最高の時間を邪魔するなんて、今すぐ流星脚で三ツ星フレンチのメインディッシュにしてやりますわ」
笑顔で恐ろしい殺意を放つキャルルを片手で制し、優太は戸棚から新しい深皿を取り出した。
「まあいい。騒がしい野良猫には、餌を食わせて黙らせるに限る」
こうして、海自の戦闘医官と、ヤンデレ村長、お年頃の女騎士、そして極貧アイドルの、騒がしくもカオスな同居生活が幕を開けたのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
海自特製カレーのメシテロ回と、優太の「大人の流儀」。
そして、キャルル(ヤンデレ化進行中)とマンミア(婚活騎士)の激重感情がついにレッドゾーンへ突入しました(笑)。
最後に乱入してきたリーザのギャグで、次回はさらにドタバタな日常パートに入ります。
「カレー美味そう!」「優太の哲学カッコいい!」「リーザの勢いワロタw」
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次回、極貧アイドルと、村の変人「ネギオ」との大人のタバコ外交です!
引き続きよろしくお願いいたします!




