打算なき【善行ガチャ】と、月兎族の村長(ヤンデレ)
打算なき【善行ガチャ】と、月兎族の村長
静まり返っていたポポロ村の広場に、四ストロークエンジンの重低音が響き渡った。
優太は愛車のアフリカツインの後部シートにマンミアを慎重に乗せ、彼女の馬身部分が傷つかないよう低速で村の集会所へと滑り込んだ。
バイクの音を聞きつけ、集会所の奥から小柄な人影が弾かれたように飛び出してくる。
「マンミアさんッ!!」
ラフなパーカーにデニム、そして足元にはタローマン(この世界のホームセンター)で特注したというゴツい安全靴。頭にはぴんと立った二つの長い耳。
彼女がこのポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートだ。かつてレオンハート獣人王国の姫君だったという彼女は、月兎族特有の並外れた身体能力と、底なしの優しさを持ち合わせている。
「マンミアさん、血が……! すぐ、私の回復魔法で――」
「待て。動かすな」
キャルルが駆け寄ろうとした瞬間、優太が静かだが威圧感のある声で制した。
サイドスタンドを立ててバイクを降りた優太は、マンミアを抱きかかえるようにして集会所の中に運び込み、長机の上に慎重に横たわらせる。
「……あなたは?」
「中村優太。ただの医官だ。マンミアの太ももの大動脈損傷は止血帯で抑え込んである。あんたの回復魔法があるなら心強いが、その前に汚染された傷口の洗浄と、破れた血管の縫合が必要だ。魔法で無理に塞げば、中に残った壊死組織から感染症を起こす」
「か、かんせんしょう……?」
「要するに、命を落とすってことだ。俺が処置をする。少し手伝ってくれ」
優太の淀みない指示と、マンミアの血まみれでありながらも安定した呼吸を見て、キャルルはゴクリと喉を鳴らして頷いた。
優太はリュックを下ろし、視線をわずかに虚空へと向けた。
(さて……今回の『ポイント』は、どれくらいだ?)
優太には、この世界にやってきた時から発現している一つのユニークスキルがあった。
――【地球ショッピング】、通称『善行ガチャ』。
皿洗いや溝掃除、そして今回のような人助けといった「善行」を積むことでポイント(P)が貯まり、100Pを消費するごとに地球のあらゆる物品をランダムで召喚できるという規格外の能力だ。
だが、このスキルには極めて厄介な『縛り』が存在した。
『見返りや利益を求める打算があると、運命力補正が最低になり、ゴミしか出ない』のだ。
以前、自分の夕食を豪華にするために「よし、人助けをしてポイントを稼ごう」と下心丸出しでガチャを回した際、出てきたのは『スーパーのレジ袋(3円)』と『使い捨ての割り箸』だけだった。マッチポンプ(自分で火をつけて自分で消す行為)などもってのほかで、スキルそのものが停止する危険すらある。
だが、先ほどの優太の行動はどうだったか。
見ず知らずのマンミアを助けるため、彼は文字通り命を懸けて死蟲機の群れに飛び込んだ。そこに打算など欠片もなく、ただ純粋に「目の前の命を救う」という軍医としての本能だけが働いていた。
優太の視界の端に、半透明のシステムウィンドウが浮かび上がる。
『重大な救助行動を確認。運命力補正:【極大】』
『善行ポイント:10,000P を獲得しました』
(よし。今俺に必要なのは、確実な外科処置の道具だ……頼むぞ)
優太は迷わずガチャを回した。
リュックの陰で淡い光が弾け、次の瞬間、彼の手にずしりと重い医療ケースが握られていた。
『排出(UR):最新型・野戦外科手術キット(局所麻酔・広域抗生剤・持続性吸収糸・医療用ステープラー同梱)』
(完璧だ。やっぱり、無欲な時の運命力は侮れないな)
優太は内心でガッツポーズを決めると、すぐさまケースを展開した。
「マンミア、これから少し痛むが、局所麻酔を打つ。キャルル村長、傷口にライトを当ててくれ」
「は、はいっ!」
優太の手技は、文字通り神が懸かっていた。
生理食塩水で素早く傷口の汚染を洗い流し、ピンセットとメスで壊死しそうな肉をミリ単位で切除。その後、局所麻酔を打ち込み、切断されていた血管を医療用の持続性吸収糸で的確に縫合していく。
一切の無駄がない。キャルルは、優太の指先がまるで芸術品を紡ぐかのように動く様から目が離せなかった。
(すごい……魔法なんて一切使っていないのに、こんなに正確に傷を治せるなんて……)
そして、キャルルはもう一つ、信じられない事実に気がついていた。
月兎族であるキャルルは、その長大で敏感な耳によって『相手の心音』を聞き分けることができる。脈拍のリズム、血流の音で、相手が嘘をついているか、下心を持っているかが手に取るようにわかってしまうのだ。
かつて王宮にいた頃、彼女に群がってきた貴族や騎士たちは皆一様に、美しい言葉を並べながらも、心音はドロドロとした欲望や打算で濁っていた。それが嫌で、彼女は国を飛び出したのだ。
だが、今、目の前で血まみれになってマンミアを治療しているこの男の心音は――。
トクン……トクン……。
まるで、深く静かな湖のように、澄み切っていた。
見返りを求める打算も、自分の技術をひけらかす傲慢さも、ケンタウロスの女性特有の豊かな身体への下心も、何一つない。
ただ純粋に、「患者を救う」「絶対に死なせない」という、鋼のようにブレない意志の鼓動だけが響いている。
「――よし、血管吻合完了。あとは医療用ステープラーで表皮を閉じる。キャルル、あんたの回復魔法で細胞の治癒を促進してやってくれ。それで完璧だ」
「あっ……は、はい!」
優太の声にはっと我に返ったキャルルは、慌てて両手をマンミアの傷口へとかざした。
月光を帯びた淡い光が傷口を包み込むと、優太が縫合した傷がみるみるうちに塞がり、マンミアの青ざめていた顔に赤みが戻っていく。
「ふぅ……助かったわ。さすがに死ぬかと思ったけれど……中村殿、あなたのその不思議な術と、村長のおかげですの」
「喋るな。抗生剤を打ったが、今夜は熱が出るかもしれない。安静にしてろ」
優太はそう言って額の汗を拭うと、集会所の外へと歩み出た。
夜風を浴びながら、シークレットホルスターからアメスピを取り出し、軍用マッチで火を点ける。紫煙を深く吸い込み、肺の中で転がしてから、ゆっくりと空へと吐き出した。
その背中を、キャルルが追いかけてきた。
「あのっ……優太さん」
「ん? どうした村長さん。マンミアの容態が急変したか?」
「いえ、そうじゃなくて……その、本当にありがとうございました。見ず知らずの私たちを、あんな危険な目に遭ってまで助けてくれて……。お礼、どうすればいいか……」
キャルルは上目遣いで、もじもじと優太を見上げた。
しかし優太は、タバコを指に挟んだまま、ふっと口角を上げただけだった。
「礼なんか要らないさ。俺は医官だ。目の前に死にかけてる奴がいたら助ける。それだけだ。それに……あんたみたいな可愛い村長さんが悲しむ顔は、見たくないからな」
それは、優太にとっては単なる素の気遣いであり、深い意味のない言葉だった。
だが。
(――っっっ!?)
キャルルの長い耳が、ピンッ!と限界まで直立した。
心音が、聞こえる。
優太の鼓動は、一切の嘘偽りなく、全くの自然体で『本心からそう思っている』ことを告げていた。
打算も下心もなく、ただ純粋に私を護ろうとしてくれた。私のために。この、私のために。
ドクン、ドクン、ドクンッ!!
キャルルの胸の奥で、今まで経験したことのない、熱く、重く、甘い感情が爆発した。
(嘘がない……。この人、本当に、私のために……。ああ、どうしよう。私、この人のこと――)
キャルルは、パーカーのポケットの中でぎゅっと拳を握りしめた。
瞳の奥に、ほんの少しだけ常軌を逸した、ねっとりとした『執着』の光が灯る。
(――絶対に、誰にも渡さない。もし優太さんに危害を加える奴がいたら……私のこの特注安全靴で、顎の骨から足の指の先まで、全部粉砕してやるんだから……っ♡)
王族としての枷を外し、ヤンデレ気質を隠し持つ月兎族の姫のスイッチが、今、完全にオンになった瞬間であった。
そんなキャルルの激重感情の芽生えなど露知らず、優太は「夜風が冷えるな」とのんきに紫煙を吐き出しているのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
優太の「打算なきイケメンムーブ」に、ついにキャルル村長のスイッチが入ってしまいました(笑)。
『地球ショッピング』の縛り設定、いかがだったでしょうか?
「善行ガチャの設定面白い!」「キャルル可愛いけどちょっと怖いw」「優太カッコよすぎる!」
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次回、激重ヒロインたちに囲まれたシェアハウスで、海自仕込みの『金曜日カレー』が火を噴くメシテロ回です!
お楽しみに!




