第一章 最前線の緩衝地帯「ポポロ村」の防衛と、頼れる男の日常構築
遅れてすまない。海自の戦闘医官、戦線に介入する
血と硝煙、そして昆虫特有の酸っぱい異臭が、鬱蒼とした森に立ち込めていた。
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国――三大国家が睨み合う最前線の緩衝地帯『ポポロ村』。その防衛線を預かる村の自警団リーダー・マンミアは、今まさに死の淵に立たされていた。
「くっ……! 数が多い……ッ!」
美しい亜麻色の髪を振り乱し、マンミアは悲痛な声を上げた。
彼女は上半身が人間、下半身が馬という『ケンタウロス種』の女騎士である。左腕に構えたパイルバンカー式シールド『アグニ』で迫り来る敵を弾き飛ばし、右手に握った分銅付きの鋼鎖『メビウス』を振り回して周囲の巨石ごと敵を粉砕していく。
普段ならば、彼女のケンタウロス特有の破格の馬力と闘気があれば、決して後れを取ることはない。
だが、今日の敵は異常だった。
『死蟲機』。
神話の時代に封印されたはずの死蟲王サルバロスの眷属、その歩兵階級である『死蟻機』が、百を超える群れを成して村の境界へ押し寄せてきたのだ。
「シャアアアアッ!」
金属質の甲殻を持った巨大な蟻の化け物が、統率された動きでマンミアの死角を突く。
彼女が鎖を引き戻そうとしたその一瞬の隙。大木の上から飛び降りてきた変異型の巨大なネクロアントが、鋼鉄すら溶かす酸を纏った大顎で、マンミアの馬身と人身の結合部近く――右太ももの付け根を深くえぐり取った。
「――っっああああっ!?」
強靭な闘気の防御を貫通し、肉が裂ける。
ドクン、と心臓が大きく脈打った瞬間、傷口から凄まじい勢いで鮮血が噴き出した。
大腿動脈の切断。
致死的な出血だ。マンミアはその場に崩れ落ち、四つの蹄が虚しく地面を掻く。
(血が……止まらない……。こんなところで、私の命は……)
意識が急速に遠のいていく。
25歳。アナステシア世界ではとうに結婚適齢期を過ぎている年齢だ。いつか、自分の背中に愛するお婿様を乗せてみたいと密かに夢見ていたけれど、それも叶わぬまま、私はこの化け物たちの餌になるのか。
迫り来るネクロアントの群れが、倒れたマンミアを喰い殺そうと大顎を開いた、その時だった。
――フォオオオオオオンッ!!
深い森の静寂を切り裂くように、聞いたこともない重低音の『咆哮』が響き渡った。
直後、木々の間から強烈な二つの光が放たれ、泥濘む地面を蹴り飛ばしながら『二輪の鉄獣』が宙を舞って飛び出してきた。
「伏せろ!!」
男の鋭い声が響くと同時に、鉄獣から放り投げられた小さな筒が、ネクロアントの群れの中央で炸裂した。
カアアアアアアアアアッ!!
キィィィィィィィィィィィン!!
「ギィイイイイイイッ!?」
数万カンデラの強烈な閃光と、鼓膜を破壊する爆音。現代兵器『スタングレネード(閃光手榴弾)』だ。
視覚と聴覚を同時に潰された死蟲機たちがパニックに陥り、陣形が完全に崩壊する。
その隙に、二輪の鉄獣――ホンダ『アフリカツイン(CRF1100L)』を巧みにスライドさせながら、一人の青年がマンミアの盾となるようにバイクを停車させた。
「あ、あなたは……?」
マンミアの薄れゆく視界に映ったのは、動きやすいダークグレーのパーカーにジーンズ、足元には頑丈なスニーカーという、この世界には存在しない異質な服装の青年だった。
身長は180センチを超え、無駄のない引き締まった体躯をしている。
青年――中村優太は、マンミアの傷口を見るなり、顔色一つ変えずに背負っていたミリタリーリュックを引き寄せた。
「大腿動脈の損傷。この出血量なら、失血死まであと40秒ってところか。……喋るな、すぐに止める」
優太は手慣れた動作でリュックから黒い帯状の道具――『CAT(戦闘用止血帯)』を取り出すと、マンミアの傷口のすぐ上、太ももの根本に素早く巻き付けた。
そして、備え付けられたロッド(棒)を全力で捻り上げ、物理的に血流を完全に遮断する。
「ぐっ、あああああッ!」
「痛むぞ。だが、死ぬよりはマシだ。歯を食いしばれ」
一切の容赦なく止血帯をロックした優太は、次に『クイッククロット(止血剤配合ガーゼ)』を取り出し、えぐれた傷口の奥深くへと直接ねじ込み、体重をかけて強烈に圧迫した。
米軍や自衛隊で採用されている戦術的戦闘救護(TCCC)の完璧な手技。
「……え?」
激痛に喘いでいたマンミアは、自らの目を疑った。
あれほど止めどなく噴き出していた鮮血が、嘘のようにピタリと止まっていたのだ。回復魔法でもなく、ポーションでもない。ただの布と棒だけで、死の淵から引き戻された。
「応急処置は完了だ。あとは包帯で圧迫を固定すれば、拠点までは保つ」
優太が静かに立ち上がったその時、閃光弾から立ち直ったネクロアントのボス格――通常の三倍はあろうかという巨大な変異種が、仲間の血の匂いに狂乱し、怒りの咆哮を上げて優太へと突進してきた。
「危ないっ!! それは装甲が硬すぎて、私のパイルバンカーでも――」
マンミアの警告を背に受けながら、優太は慌てる素振りすら見せなかった。
彼はリュックのサイドポケットから、一本の短い金属の筒を抜き放つ。
手首をスナップさせると、シャキッ!と小気味よい金属音と共に、折りたたまれていた刃が展開し、身の丈ほどの『薙刀』へと変形した。
「ギシャアアアアッ!」
巨大な大顎が優太を両断しようと迫る。
だが、優太の身体は『システマ』の呼吸法により完全に脱力していた。迫り来る質量の暴力をふわりと躱し、『戸田派武甲流』の滑らかな足捌きで敵の死角へと潜り込む。
(1人で無双する気はないが……患者の命を脅かす害虫は、さっさと駆除させてもらう)
優太は薙刀の刃を、ネクロアントの分厚い甲殻の隙間――首の関節部へと正確に突き刺した。
普通の刃剣ならば、浅く刺さるだけで致命傷には至らないだろう。しかし、優太の獲物はただの薙刀ではない。
優太が薙刀の柄に付いたスイッチを押し込んだ瞬間。
――プシュッ!!
高圧縮されたガスの噴射音が響いた。
刃の先端から、致死量の高圧ガスがネクロアントの体内へと瞬間注入される。特殊兵器『ワスプ・インジェクターナイフ』の機構を組み込んだ、折りたたみ式タクティカル薙刀だ。
「内圧で弾けろ」
優太が冷徹に呟いた直後、巨大なネクロアントの身体が、風船のように不自然に膨張したかと思うと――パンッ!!という破裂音と共に、内側から臓物と体液を撒き散らして爆散した。
圧倒的な質量を持っていたはずの魔獣が、たった一撃で肉片へと変わる。
その光景に、周囲を取り囲んでいた他の死蟲機たちは本能的な恐怖を覚え、カサカサと音を立てて森の奥へと逃げ去っていった。
訪れた静寂の中。
優太は薙刀に付着した体液を軽く振り払い、再び折りたたんでホルスターへと収めた。
そして、パーカーの内側に隠したシークレットホルスターから、水色の中身が詰まった紙箱――『アメリカンスピリット』を取り出す。
一本を咥え、軍用防水マッチを靴底で擦って火を点けた。
シュボッ、という小さな音と共に、青白い煙が夜の森に紫煙をたなびかせる。
優太はゆっくりと紫煙を吐き出しながら、へたり込むマンミアを振り返り、安心させるような柔らかい笑みを浮かべた。
「……とりあえず、バイタルは安定したな。遅れてすまない、海上自衛隊・医官の中村優太だ」
タバコの煙を燻らせながら、優太はマンミアの目を見てはっきりと告げる。
「もう大丈夫だ。あとは俺に任せろ」
その背中に、マンミアは息を呑んだ。
これほどまでに頼もしく、揺るぎない安心感を与える男を見たことがなかった。傷の痛みなど忘れ、彼女の心臓は先ほどとは全く別の理由で、ドクン、と大きく高鳴っていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
「TCCC(戦術的戦闘救護)で助けるのカッコいい!」「ワスプ薙刀エグい!」「優太に助けられたい!」
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次回、優太のチートスキル『善行ガチャ』が火を噴き、さらにヤンデレ村長(月兎族)がデレまくります!
引き続きよろしくお願いいたします!




