戦う医官の休日ツーリングと、背中の傷跡(第一章完結)
戦う医官の休日ツーリングと、背中の傷跡(第一章完結)
深い森と険しい山道を、V型エンジンの重厚な駆動音が切り裂いていく。
優太がハンドルを握る『トヨタ・ランドクルーザー250』は、アナステシア世界の未舗装の悪路や泥濘をものともせず、力強く走り抜けていた。
車内の助手席には、朝一番から特注の安全靴で他のヒロインたちを牽制し、見事シートを死守したキャルルが、満面の笑みで優太の横顔を見つめている。
「優太さんの運転する鉄の馬、すごい乗り心地ですっ! これならどこまでも行けちゃいますね♡」
「シートベルトはちゃんとしろよ、キャルル。揺れるからな」
後部座席には、ケンタウロスの馬身を折りたたむようにして(ランクルの広い後部スペースだからこそなんとか乗れた)窮屈そうに座るマンミアと、窓の外の景色よりおやつのクッキーに夢中のリーザがいる。
そしてサードシート(あるいはラゲッジスペース)には、フェイトとネギオが押し込まれていた。
「お、おい優太、俺の扱い雑じゃねぇか!? ミスリルアーマーが窓に当たってカタカタ鳴るんだけど!」
「文句を言うな、フェイト。タダで温泉に連れてきてもらったんだ。……それにしても、ドワーフの魔導車とも違う、内燃機関だけでこんなパワーを出すとはな。地球の技術ってのは恐ろしいぜ」
ネギオは感心したように車内を見回し、ポポロ・シガーを咥えようとしたが、すかさず優太から「車内は禁煙だ」と釘を刺されて大人しく葉巻をしまった。
一行が向かったのは、ポポロ村から車で数時間ほどの山間にある温泉郷だ。
ドワーフの技術で作られた岩風呂が自慢のその宿は、緩衝地帯に近いこともあって客足が遠のいていたが、優太たちが落とした金貨のおかげで今日は貸し切り状態だった。
***
「ぷはぁっ……! たまんねぇな」
広々とした露天風呂(男湯)。
湯船に肩まで浸かったフェイトが、だらしなく顔を綻ばせている。
優太はタオルを頭に乗せ、岩場に背を預けて静かに目を閉じていた。連日の防衛準備と手術、そしてコンテナハウスの整備で張り詰めていた筋肉が、じんわりと解れていくのを感じる。
ふと、湯船の反対側から、ネギオが鋭い視線を送ってきた。
「……おい、優太。お前、その背中」
優太の引き締まった背中や肩甲骨の周りには、無数の古傷が刻まれていた。
ただの切り傷ではない。弾丸が肉をえぐった銃創の痕、爆風で焼かれた火傷の痕、そして鋭利な刃物で肉を裂かれた痕。それらが、彼の鍛え抜かれた肉体に、まるで戦場の地図のようにびっしりと刻み込まれているのだ。
「ただの医者が、そんな傷を負うわけがねぇ。……お前、自分のことを『地獄を綺麗にする仕事』って言ったな」
「……ああ。アメリカの特殊部隊に随伴する、戦術戦闘救護(TCCC)のメディックだったからな」
優太は目を閉じたまま、淡々と答えた。
高校時代、ハワイで友人を銃撃戦で失った。そのトラウマが彼を突き動かし、誰よりも過酷な戦場へと自らの身を投じさせた。
銃弾が飛び交う最前線で、倒れた仲間を引きずり出し、血だらけになりながら止血帯を締め上げる。敵の銃火を浴びながらの処置。その代償が、この無数の傷跡だった。
「祈ってるだけじゃ、命は救えない。俺は、目の前で死にかけてる奴を見捨てないために、自分自身が誰よりも強く、泥にまみれる覚悟を決めただけさ」
優太の静かで、しかし揺るぎない言葉に、フェイトもネギオも息を呑んだ。
フェイトは自分の軽薄さを恥じるように頭を掻き、ネギオは「……ハッ、とんでもねぇ野郎だぜ、お前は」と小さく笑って、お湯で顔を洗った。
男たちの間で、言葉以上の深い信頼が結ばれた瞬間だった。
***
一方、薄い竹垣を隔てた女湯では、黄色い歓声と赤裸々なガールズトークが花を咲かせていた。
「ぷはぁーっ! 極楽ですわ! これで温泉卵とお肉があれば完璧ですのに!」
リーザが人魚の滑らかな肌を湯に輝かせながら、バシャバシャと泳ぎ回っている。
「リーザちゃん、少しは静かにしなさい。……それにしても、本当に良いお湯ですね」
キャルルは湯船の縁に顎を乗せ、長い兎耳をピコピコと揺らしながらため息をついた。
その視線は、竹垣の向こう側――男湯の方角へ向けられている。
「あぁ……今すぐあの竹垣を蹴り破って、優太さんの背中を流しに行きたいです。優太さんの裸、優太さんの筋肉、優太さんの……はふぅっ♡」
「そ、村長っ! はしたないですよっ! お、お嫁入り前なのですから!」
マンミアが顔を真っ赤にしてキャルルをたしなめるが、そのマンミア自身も、湯気で火照った顔を両手で覆っていた。
ケンタウロスの大きな体を湯に沈めながら、彼女の脳裏には、先ほどの洗車での優太の優しい笑顔と、戦闘時の圧倒的なリーダーシップが浮かんでいる。
「で、でも……もし優太殿が望まれるなら……私の背中に、その、いつでも乗っていただいて構わないというか……」
「ダメですっ! 優太さんは私のものですからねっ! マンミアさんには指一本触れさせませんよ!」
「なっ、村長とはいえ横暴ですわ! 優太殿のような素晴らしい殿方、一人の女性で独占できるはずがありません! い、いざとなれば決闘ですっ!」
「おほほ、お姉さまたち、争うのはよろしくありませんわ。優太様のスパチャ(愛情)は、この絶対無敵の極貧アイドルが全て奪い尽くして見せますからね♡」
キャルルのヤンデレ牽制、マンミアの乙女の覚悟、そしてリーザの強欲。
女湯のボルテージは、お湯の温度よりもはるかに高く沸騰していたのである。
***
風呂上がり。
優太は善行ガチャでこっそり出しておいた『瓶のコーヒー牛乳』を自警団の面々に奢り、大広間の縁側で涼んでいた。
「くはぁぁっ! なんすかこの茶色い飲み物、甘くてすっげぇ美味い! 運命の味がするぜ!」
「腰に手を当てて飲むのが地球の流儀だそうだ。……悪くねぇな」
フェイトとネギオがコーヒー牛乳の味に感動している中、風呂上がりの浴衣姿に着替えたキャルルが、トタトタと小走りで優太の隣にやってきた。
湯上がりでほんのりと桜色に染まった頬と、シャンプーの良い香りが鼻をくすぐる。
「優太さん……お隣、いいですか?」
「ああ。座れよ」
優太は縁側に腰掛けたまま、シークレットホルスターからいつものアメスピを取り出した。
シュボッ。
軍用マッチで火を点け、紫煙を夜空に向かって細く吐き出す。
満天の星空が、ポポロ村の方角まで果てしなく続いている。
「……良い夜ですね、優太さん」
「そうだな。平和なもんだ」
キャルルは、そっと優太の大きな手に、自分の小さな手を重ねた。
優太はそれを振り払うことなく、優しく握り返す。
「ねえ、優太さん」
「ん?」
「私……優太さんがいれば、どんな敵が来ても絶対に負けません。優太さんのためなら、命だって懸けられます。だから……ずっと、私たちのそばにいてくれますよね?」
それは、ヤンデレの執着だけではない。
村を守る長としての責任と、一人の女性としての切実な祈りだった。
優太はタバコの灰を落とし、夜空の星を見つめたまま、静かに笑った。
「言っただろ。俺の仕事は、お前たちに地獄を見せないことだ」
優太の瞳に、強い光が宿る。
「ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国……この村を狙う奴らがどれだけ強大でも関係ない。俺が地球の知識と、この手で全て守り抜いてやる。だからお前は、安心して俺の背中に隠れていればいいさ」
トクン……トクン……。
キャルルの耳に届く、一切の嘘がない、鋼のように強い心音。
その力強い鼓動と、重ねた手の温もりに、キャルルの目からホロリと涙がこぼれ落ちた。
「……はいっ! 優太さん……大好きですっ♡」
キャルルが優太の肩にコツンと頭を預け、優太はもう片方の手で彼女の耳を優しく撫でた。
後ろの襖の陰で、ハンカチを噛み締めて悔しがるマンミアと、コーヒー牛乳の二本目を狙っているリーザの気配がするが、優太は気づかないフリをした。
戦う医官の異世界赴任。
彼がこの理不尽な世界で『地獄を綺麗にする仕事』は、まだ始まったばかりだ。
だが、彼を信じ、共に戦う仲間と、愛してくれるヒロインたちがいる限り。
中村優太は、どんな絶望の泥水の中でも、決して倒れることはないだろう。
紫煙が星空へと溶けていく中、ポポロ村の英雄たちの休日は、優しく静かに更けていった。
(第一章 了)
第一章、これにて完結です!
ここまでお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!
TCCC(戦術的戦闘救護)や無双薙刀流、善行ガチャによる現代兵器無双、そしてヤンデレ村長キャルルをはじめとするヒロインたちとのドタバタな日常。
戦う大人の男・優太の魅力が少しでも伝わっていれば、作者としてこれほど嬉しいことはありません。
この後、三国からの本格的な接触や、新たなヒロイン(エルフのルナや天使のキュララなど)、神々の思惑が交差する第二章へと続いていく予定です。
もし「第一章面白かった!」「優太カッコいい!」「キャルル可愛い!」「第二章も読みたい!」と思っていただけましたら……。
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皆様の応援(星とブクマ)が、作者の「善行ポイント」となり、第二章を執筆するための最高の原動力になります!
(※打算なき善行ガチャのシステムにより、読者の皆様が応援してくださると、作者から激レアな更新がドロップします!笑)
それでは、また第二章の最前線(ポポロ村)でお会いしましょう!
本当にありがとうございました!




