戦術医官の情報戦(サイオプス)と、極上の賄賂
戦術医官の情報戦と、極上の賄賂
医療用コンテナハウスのデスクの上に、バサリと一枚の新聞が投げ出された。
『ポポロ村の奇跡! 緩衝地帯にて五百の死蟲機群、謎の全滅!』
ルナミス帝国で最も読まれている大衆紙『ルナミス新聞』の一面だ。三面記事やゴシップ、競馬情報がメインの新聞だが、情報の早さだけは他国に引けを取らない。
記事の横には、死蟲機の残骸と、巨大なクレーター(キャルルの流星脚の跡)を遠巻きに捉えた不鮮明な魔導写真が掲載されていた。
「……随分と仕事が早いな。ルナミス新聞の記者は優秀らしい」
優太はカルテから目を離し、タバコの箱を弄りながら呟いた。
「呑気なこと言ってんじゃねぇぞ、優太」
新聞を持ってきたネギオが、ポポロ・シガーを深く吸い込んで顔をしかめる。
「俺たちが五百の群れを被害ゼロで全滅させた。この異常な戦果は、ルナミス帝国だけじゃなく、レオンハート獣人王国やアバロン魔皇国の上層部にもすでに届いてるはずだ。放っておけば、数日以内に三国の『調査団』という名目の偵察部隊がこの村になだれ込んでくるぞ」
ネギオの懸念はもっともだった。
ポポロ村は三国のバランスを保つための緩衝地帯だ。そこに突如として『大軍を殲滅できる謎の軍事力』と『未知の医療施設』が出現したとなれば、どの国も黙ってはいない。
彼らは「村を保護する」という大義名分のもと軍を進め、結果的にポポロ村は三国の利権争いの最前線――本物の『戦場』へと変貌してしまう。
「キャルルやマンミアなら『返り討ちにしてやります!』って言いそうだが……お前はどうする気だ? まさか、三国相手に戦争でも仕掛けるか?」
ネギオの試すような視線に対し、優太はシークレットホルスターからアメスピを取り出し、軍用マッチで火を点けた。
紫煙を細く吐き出し、新聞の写真を指でトントンと叩く。
「馬鹿言え。俺の仕事は『地獄を綺麗にすること』だ。わざわざ新しい地獄を呼び込むような真似はしない。……軍隊を動かさずに敵を退ける、最も効率的な方法を教えてやろうか」
「ほう。なんだ?」
「『情報戦』だよ。敵の認識を書き換えて、来る価値がないと思わせるんだ」
優太はアメリカ軍の特殊部隊で叩き込まれた、非正規戦における心理作戦の知識を引っ張り出した。
真正面から防衛力を誇示すれば、敵はそれを上回る武力を用意してくる。ならば、そもそも『ポポロ村が強かったわけではない』というダミーの真実を流布すればいい。
「ネギオ。あんた、ドンガン地下帝国の商人や、この新聞社の記者に裏ルートで情報を流せるか?」
「俺を誰だと思ってる。酒場と地下ルートのネットワークなら、この村で俺の右に出る奴はいねぇよ。で、どんな嘘を流す気だ?」
「嘘じゃないさ。『少し解釈を変えた事実』を流すんだ」
優太は悪びれもせず、戦術医官としての『悪知恵』を語り始めた。
「まず、死蟲機五百匹を全滅させたのは自警団の力じゃないとする。……『村の地下に眠っていた、古代大戦の巨大な未爆発魔導地雷原に、死蟲機たちが運悪く踏み入って自爆した』。これでどうだ?」
「なるほど。あのクレイモアの爆発と、キャルルのクレーターを『古代の暴走した魔法陣』のせいにすんのか」
「ああ。そして、ここからが重要だ。その古代魔法の暴走により、現在ポポロ村の北側境界は『未知の毒素と呪いによって極度に汚染されている』というデマを付け加える。実際、死蟲機の体液で土壌は荒れてるからな。調査に入れば、原因不明の奇病にかかると煽れ」
それを聞いたネギオは、ニヤァッと口角を釣り上げた。
「エグいねぇ。特にレオンハート獣人王国の連中は、鼻が利く分、毒や汚染って言葉には極端に敏感だ。そんな噂が広まれば、調査団の派遣は間違いなく棚上げになるだろうな」
「ルナミスとアバロンも、得体の知れない汚染地帯にわざわざ兵を送り込みたくはないはずだ。ほとぼりが冷めるまで、数ヶ月は時間を稼げる」
力による『抑止力』ではなく、恐怖と無価値による『忌避』。
完璧な情報操作のシナリオだった。だが、ネギオは葉巻の灰を落とし、現実的な問題を口にした。
「作戦は完璧だ。だが優太、情報ってのはタダじゃ広まらねぇ。商人や記者に『この噂を真実として広めてもらう』には、それ相応の『極上の賄賂』がいるぞ。生半可な金貨じゃ動かねぇ連中だ」
「賄賂、ね。……それなら、最高の品を用意できる」
優太は立ち上がり、システムウィンドウを呼び出した。
先日、コンテナハウスを出したことでポイントは減ったが、それでもまだ数万の『善行ポイント』が残されている。そして、武器やインフラと違い、地球の『嗜好品』の消費ポイントは拍子抜けするほど安い。
(村を戦火から守るための情報戦。……これも立派な防衛行動だ)
優太が100Pのガチャを数回回すと、淡い光と共に、デスクの上にいくつかの品物が出現した。
重厚なガラス瓶に入った琥珀色の液体と、木箱に収められた太い葉巻のセット。
「なんだ、こりゃあ……?」
「地球で作られた『シングルモルト・ウイスキーの12年物』と、『キューバ産のプレミアム・シガー』だ。……味見してみるか?」
優太がウイスキーの封を切り、グラスに注いでネギオに差し出す。
ネギオは怪訝な顔をしながらも、その琥珀色の液体を口に含んだ。
「――ッ!?」
瞬間、ネギオの目が限界まで見開かれた。
異世界にもサケスキーなどの酒はあるが、地球の職人が長い年月をかけて樽で熟成させたシングルモルトの複雑な香りと、ピート(泥炭)の奥深いスモーキーさは、アナステシア世界の酒とは次元が違った。
「な、なんだこの酒は……っ! 喉の奥で樽の香りが爆発しやがる! それに、この葉巻……俺のポポロ・シガーに勝るとも劣らない、いや、それ以上に洗練された甘みとコクが……っ!」
「俺の故郷じゃ、大人たちが裏取引や交渉をする時、こういうのを『潤滑油』にするのさ。……これをドンガンの商人と、ルナミス新聞の記者に渡してくれ。噂を流す対価としては十分すぎるだろ?」
「十分どころじゃねぇ! こんなモン飲まされたら、あいつらお前の言うことならなんでも書くぞ!」
ネギオは興奮気味にウイスキーの瓶と葉巻の木箱を抱え込んだ。
「ハッ! 最高の悪知恵に、最高の賄賂だ。優太、お前本当に良い性格してやがるぜ! この仕事、俺に任せとけ!」
ネギオは上機嫌でコンテナハウスを飛び出していった。
***
数日後。
ネギオの地下ネットワークと賄賂による情報戦は、劇的な効果を上げた。
ルナミス新聞には『ポポロ村北部に古代兵器の汚染地帯発覚! 死蟲機すら溶かす猛毒の呪いか!?』というセンセーショナルな記事が躍り、それを読んだ三国の上層部は、即座に調査部隊の派遣を一時凍結した。
特に、アバロン魔皇国で競馬新聞を読んでいたルーベンス(魔族穏健派)などは「古代の呪い? そんな面倒な調査に予算が下りるわけないだろう。私は競馬の予想で忙しいのだ」と早々に書類をゴミ箱へ放り投げたという。
ポポロ村は、一人の医官のサイオプス(心理戦)によって、戦火の危機を完全に回避したのだ。
その日の夕暮れ。
コンテナハウスの屋根に登り、夕日に染まる村の景色を眺めながら、優太とネギオは二人でアメスピをふかしていた。
「……上手くいったな。当分は三国もちょっかいを出してこねぇだろう」
「ああ。情報のコントロールは、時に強固な装甲よりも確実な『盾』になる。これでまた、村の連中は平和に暮らせる」
優太が紫煙を空に吐き出した時、下から元気な声が聞こえてきた。
「ゆぅ~たぁ~さぁ~んっ! 夕ご飯のシチューができましたよぉっ! 今日は私が、優太さんのために愛情(という名の人参)をたっぷり入れて煮込みましたからねっ♡」
「優太殿! お風呂のお湯も沸いておりますわ! もしよろしければ、私が背中を……っ!」
エプロン姿でぶんぶんと手を振るキャルルと、顔を真っ赤にしてモジモジしているマンミア。
「おっと。どうやら、お前の『戦場』は、まだ終わってないみたいだぜ?」
ネギオがニヤニヤと笑いながら葉巻を吹かす。
「……まあな。だが、この騒がしい日常を守るためなら、少しの地獄に浸かるのも悪くないさ」
優太は苦笑しながらタバコをもみ消し、仲間たちの待つ、騒がしくも温かい食卓へと降りていくのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
優太の『情報戦』と、地球の高級ウイスキー&葉巻を使った裏工作回でした。
武力で解決するのではなく、政治と噂をコントロールして村を守る。これもまた、プロの軍人としての優太の有能さを示す一つの形です。
「情報戦の考え方エグくて好き」「地球の酒とタバコは最強の賄賂w」「平和な日常が戻ってよかった!」
と少しでも楽しんでいただけましたら、
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次回、ついに激闘の疲れを癒やす休日編!
愛車のメンテナンスと、ヒロインたちのドタバタな日常風景をお届けします。
引き続きよろしくお願いいたします!




