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満月の夜の『ご熱い指導』と、大人の余裕

満月の夜の『ご熱い指導』と、大人の余裕

 雲ひとつない夜空に、真珠のように白く丸い満月がぽっかりと浮かんでいた。

 ポポロ村の境界近くに突如出現した、地球の軍事技術の結晶『展開式・医療用コンテナハウス』。

 その清潔で空調の効いた室内で、優太はデスクランプの明かりだけを頼りに、カルテの整理と医療物資の在庫確認を行っていた。

「……抗生剤の消費は想定内。だが、輸液パックの減りが早いな。次の善行ガチャでは、生理食塩水とRI液を多めに狙いたいところだ」

 一人静かに呟きながら、ペンを走らせる。

 死蟲機ネクロバグ五百匹との防衛戦から数日。重傷だった者たちも順調に回復し、村には平和な日常が戻りつつあった。

 優太がコーヒー(ガチャで出したインスタントだが、海自風に濃く淹れてある)に口をつけた、その時。

 シュバァァァァァッ!!

 突如、コンテナハウスの自動ドアがセンサーの限界速度を超えてこじ開けられ、一陣の暴風が室内に吹き込んだ。

 優太が反射的に警戒姿勢をとった瞬間、彼の目の前に『それ』は立っていた。

「ゆぅ~たぁ~さぁぁぁぁぁんっ♡」

 ラフなパーカー姿の村長、キャルル・ムーンハートである。

 しかし、普段の彼女とは明らかに様子が違った。

 頭の長い二つの兎耳はアンテナのようにピンと直立し、双眸はギラギラとした熱を帯びて発光しているようにすら見える。全身からは、オーラとも魔力ともつかない青白い蒸気のような闘気が立ち昇っていた。

「……キャルル。どうした、そのテンションは」

「満月ですよっ! 満・月! 私、今ならマッハで村を十周しても息切れしません! 魔力も体力も全回復の限界突破オーバーフロー状態ですっ!!」

 月兎族。

 月の満ち欠けによって能力が変動する特異な種族であり、満月の夜には完全回復を果たし、身体能力が極限まで跳ね上がる。通常時でさえ100メートルを5秒台で走るキャルルが、満月時にはマッハ1を超え、戦闘力も爆発的に向上する『ハイ状態』になるのだ。

「何か、私にお手伝いできることはありませんか!? カルテの整理ですか!? 床の掃除ですか!? それとも、優太さんの肩揉みですか!? なんでも一秒で終わらせてみせますよっ!」

 キャルルは残像を残すほどの速度でコンテナ内を反復横跳びしながら、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。

「いや、もう仕事は粗方終わって――」

「ああっ! 床に埃が! 許せません、優太さんの神聖な病院を汚すなんて!」

 優太が止める間もなく、キャルルは雑巾を手に取り、文字通り目にも止まらぬ速度で床を拭き始めた。

 キュキュキュキュキュキュッ!!という凄まじい摩擦音が響き、床から焦げ臭い煙が上がり始める。

「おい、ストップ。床が燃える」

「次は肩揉みですね! 連日の治療でお疲れでしょう! 私が全身全霊を込めて、極上のマッサージを――」

 キャルルが優太の背後に回り込み、その華奢な両手を優太の肩に乗せた。

 瞬間、優太の背筋にゾクリと悪寒が走った。

 彼女の指先に込められた力が、明らかにマッサージのそれではない。このまま揉まれれば、肩甲骨ごと粉砕されて一生腕が上がらなくなる。

「待て」

 優太は『システマ』の脱力法を用いて、肩にかかるキャルルの力をふわりと受け流すと同時に、『大東流合気柔術』の崩しを応用して身体を滑らせ、彼女の手から逃れた。

「あれっ? 優太さん、どうして逃げるんですか〜?」

「お前の力加減がバグってるからだ。頼むから大人しくしててくれ」

「そんなぁ! 私、優太さんの役に立ちたいのにぃぃっ!」

 持て余したエネルギーと、優太へのヤンデレじみた愛情が化学反応を起こし、キャルルは完全に暴走状態に突入していた。

 そこへ、最悪のタイミングで二人の来訪者が現れた。

「優太殿〜、村のパトロール終わりましたぜ……って、うおっ!? なんすかこの熱気!?」

「クンカクンカ……優太様、夜食の気配がしてやって参りましたの! パンの耳に飽きた私めに、なにとぞお恵みをぉぉ!」

 非番のフェイトと、いつものようにタダ飯を求めてやってきた極貧アイドル・リーザである。

 キャルルのギラついた視線が、獲物を見つけた肉食獣のように二人を捉えた。

「フェイトさん……リーザちゃん……」

「ひっ!?」

「キャ、キャルルお姉さま? 目が、目が怖いですわよ!?」

「フェイトさん、さっき防衛線で見張りをサボってコイントスしてましたね? リーザちゃん、また優太さんの食料庫を漁ろうとしてますね?」

 キャルルの声が、地を這うような低いトーンに変わる。

「優太さんに苦労をかける不良村人には……村長として、たっぷりと『ご熱い指導』をしてあげますっ!!」

「ギャアアアアッ! 来た! 満月の夜のキャルルの熱血指導(物理)だァァァッ! 逃げろリーザ!」

「ひぃぃぃっ! ごめんなさい、ごめんなさいですわぁぁっ!」

 悲鳴を上げて逃げ惑う二人。

 しかし、マッハで動くハイ状態のキャルルから逃げられるはずがない。

「月影流・連撃拳っ!!」

「ぼふっ!?」

「がはっ!?」

 目にも止まらぬ拳と蹴りのラッシュが二人に叩き込まれる。

 ただの暴力ではない。キャルルは殴る蹴るの制裁を加えながら、同時に月兎族の『超回復魔法』をフルパワーでかけ続けていた。

「痛い痛い痛いっ! でも痛みが一瞬で消えるゥゥッ!?」

「体がボロボロなのに全回復していきますわぁぁっ! 地獄と天国の反復横跳びですのぉぉっ!」

 破壊と再生の無限ループ。

 これが、かつて三国の駐留基地の兵士たちを洗脳し、「姉御!ご熱い指導ありがとうございました!」と大量の貢物を持たせるに至った、キャルル最恐のコンボ技である。

「よし、このへんにしておこう」

 コンテナ内の機材が破壊される前に、優太は短く息を吐いて立ち上がった。

 キャルルがリーザに流星脚を放とうとジャンプした、その瞬間。

 優太は『八極拳』の震脚で一気に距離を詰めると、空中にいるキャルルの腕を掴み、『戸田派武甲流』の体捌きで彼女のベクトルを完全にコントロールした。

 遠心力を利用し、優太はキャルルの身体を優しく、だが逃げ場のない力で壁際へと誘導する。

 ドンッ。

 背中がコンテナの壁に触れたキャルル。

 彼女が状況を理解する前に、優太はキャルルの顔のすぐ横の壁に、ドンッ、と左手をついた。

 いわゆる『壁ドン』である。

「ゆ、優太、さん……?」

 至近距離。

 タバコと、消毒液と、ほんのりと漂う優太の男性的な香りが、キャルルの鼻腔をくすぐる。

 優太の瞳は、いつもと同じく静かで、どこまでも深い。暴走する彼女を一切恐れず、ただ大きな器で受け止める大人の男の目だった。

「キャルル。お前が俺の役に立ちたいって思ってくれるのは嬉しい。……だがな」

 優太は右手を伸ばし、キャルルの頭――ピンと立っていた兎耳の根本を、優しく、愛おしむように撫でた。

「俺は医官だ。お前は俺の専属ナースになりたいって言ったよな?」

「は、はい……っ」

「だったら、医官(俺)の命令を聞け。お前は連日の治療で誰よりも魔力を使い、誰よりも村のために働いた。満月で魔力が戻ったからって、無理して動かなくていい」

 優太の低く甘い声が、鼓膜を通じてキャルルの脳髄を痺れさせる。

「俺のそばで、少しは自分のために休んでくれ。お前が無理をして怪我でもしたら……俺が悲しむ」

「あっ……あぁ……っ♡」

 トクン、と優太の心音がキャルルの耳に届く。

 嘘はない。心から彼女を案じ、大切に思っている真っ直ぐな鼓動。

 ――プシュゥゥゥゥ。

 キャルルの頭頂部から、目に見えない煙が噴き出した。

 ヤンデレの暴走メーターと、満月のハイテンションが、優太の『大人の色気と優しさ』によって完全に限界突破し、キャルルの処理能力はオーバーヒートを起こした。

「ゆ、優太さん……私のために、悲しむ……。あはっ、あははははっ♡ 私、優太さんのために、大人しく、おやすみ、しましゅ……」

 へにゃぁぁっ、と。

 キャルルから全身の力が抜け、彼女は優太の胸の中にポフッと倒れ込んだ。完全に『昇天』してしまったのだ。

「……やれやれ。満月のたびにこれじゃあ、俺の身が保たないな」

 優太は苦笑しながら、腕の中でスヤスヤと幸福そうに眠るキャルルを抱き上げ、コンテナの隅にある仮眠用のベッドへと運んで寝かせた。

 タオルケットを優しく掛けてやり、頭をもう一度撫でてやる。

「おい、お前ら。怪我はないか」

 優太が振り返ると、部屋の隅でフェイトとリーザが、正座をしてガタガタと震えていた。

「ゆ、優太殿……俺、これからは真面目に働きます。だからキャルル村長の指導だけは勘弁してください……」

「私めも、優太様の食糧庫には二度と手を出しませんわ……。でも、残ったカレーがあるなら舐めさせてくださいませ……」

「お前らもいい加減にしろよ。……まあいい、フェイトはさっさと帰って寝ろ。リーザ、カレーの残りは鍋にある。温めて食え」

「神ぃぃぃっ!」

 歓喜の涙を流して鍋に向かうリーザと、逃げるように帰っていくフェイトを見送り、優太はやれやれと首を振った。

 コンテナハウスの外に出ると、満月が青白く村を照らしている。

 優太はシークレットホルスターからアメスピを取り出し、軍用マッチで火を点けた。

 紫煙を肺に満たし、静かに夜空へと吐き出す。

(暴走するウサギに、ポンコツ冒険者、極貧アイドル……。賑やかでいいじゃないか)

 血生臭い戦場とは違う、こんなドタバタとした日常。

 それこそが、彼が泥水に浸かってでも守りたかった『平和』の形だった。

「……さて。明日からは、本格的に村の医療インフラを整えるか」

 満月の下、戦術医官の静かな決意と共に、ポポロ村の騒がしくも温かい夜は更けていくのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

満月の夜のキャルルの暴走(熱血指導)と、それを大人の余裕で制圧する優太のラブコメ回でした。

優太は武術を戦闘だけでなく、こういう「暴走するヒロインのいなし方」にも応用できるのが大人の男の魅力ですね(笑)。

「熱血指導エグいww」「優太の壁ドンイケメンすぎる!」「キャルル昇天ワロタ」

と少しでもニヤニヤしていただけましたら、

ぜひページ下部にある【ブックマーク】と、【星(評価)】を『★★★★★』でポチッと押して応援していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!

次回は、村の防衛戦の噂が広がり、三国が動き出します。

優太とネギオの政治的な「悪知恵」が炸裂する情報戦回です!

引き続きよろしくお願いいたします!

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