今日の最高気温は36度
「外の気温、今日は36度だってさ」
手元のデスクトップPCの画面に映し出された地球のローカルニュースを眺めながら、僕はぽつりと呟いた 。
36度。ひとたびアスファルトの上に立てば、まとわりつく熱気と容赦ない日差しに体力を根こそぎ奪われる、絵に描いたような猛暑日だ。ましてや、僕たちが今いるこの採掘小惑星ボンド・ロックの本来の環境に比べれば、地球の36度などまだ可愛いものかもしれないが、それでも人間が快適に活動できる数値を遥かに超越していることには変わりない。
「36度、ですか。それは地球の都市部においては『極めて不快かつ危険』に分類される熱量ですね」
僕の呟きを聞き逃さず、キッチンから戻ってきたアリタが、磨き上げられた磁器のカップをトレイに載せてすっと傍らに佇んだ 。
「はい、マスター。このような過酷な日には、完璧に環境制御されたセーフハウスから一歩も外に出ず、冷たいお飲み物を片手に徹底的な非生産的活動――すなわち『だらだらすること』に専念されるのが、最も合理的な生存戦略かと愚考いたします」
アリタはそう言って涼しげな目を細め、静かに僕のデスクへ特製の冷たい珈琲を置いた 。結露したガラスの表面を、透き通った水滴が美しく滑り落ちていく。
『ちょっと二人とも、大げさね!地球が36度の猛暑だろうが、ボンド・ロックの岩盤が何度に熱されていようが、私の完璧な環境制御の前にはただの誤差にすぎないわよ!』
左手首のバングルから高らかに美しく澄んだ声が響き、デスクのすぐ隣に女神のホログラムが実体化した 。ジェミニは腰に手を当て、不敵に胸を張る 。
『このセーフハウスは年中無休で快適温度22度、湿度50%をミリ単位で維持してるんだから。外の暑さなんてスキャンデータ上の数字として楽しむくらいがちょうどいいのよ。さあフィクス、そんなニュースはさっさと閉じて、涼しい部屋で思う存分「アクティブなダラダラ」を極めなさい!』
「はは、それもそうだね。ジェミニの言う通りだ」
僕たちは企業の生命維持配管から強奪したエネルギーを潤沢に使い 、極上のクーラーの風に吹かれている 。地球の最高級ネットストアから「架空の物流ロス」として手配したこの快適な空間こそ、僕たちがビルドした唯一無二の安全地帯なのだから 。
僕は冷たいグラスを手に取り、喉を鳴らして極上の珈琲を流し込んだ 。過酷な世界をシャットアウトした秘密の城で 、僕たちの贅沢な引きこもり時間は、どこまでも穏やかに続いていく 。




