063 AIによる大失業時代のコメリカに転移
コメリカが第4フェーズに移行して、しばらくたったある日
ボンド・ロックのセーフハウス。その自室のベッドで、僕はゆっくりと目を開けた。
「帰ってきたのか……」
ぽつりと一言、口から溢れた 。
体を起こし、長年染み付いた習慣の通り、まずは寝具に風を通すように移動し配置する 。朝のルーチンをこなしてから、僕はリビングへと足を向けた 。
リビングのドアを開けると、そこには見慣れた二人の姿があった 。
ソファの上で退屈そうにホログラムの身体を揺らしているジェミニと、いつもと変わらぬ完璧な姿勢のアリタ 。
「あ、フィクス! やっと起きたわね!」
ジェミニが弾んだ声を上げた 。
「お目覚めですか、マスター。ただいまお飲み物をご用意いたします」
アリタが静かに一礼し、キッチンへ向かおうとして、ふとガラステーブルの上を視線で指し示した 。見ると、一枚の紙片が置かれているのに気づいた。
歩み寄り、テーブルの上の紙片を手に取って目を落とす。そこには、こう書かれていた 。
--長いコメリカ生活ご苦労さまでした。コメリカに残した資産は管理しておきます--
メモを見て、クスリと口元を緩めた僕へ、アリタが手際よく淹れたての香ばしいコーヒーを差し出してきた 。
「ありがとう、アリタ。……ふう、やっぱりこの味が一番落ち着くな」
深々と本革ソファに腰を下ろし、湯気の立つカップに口をつける 。その横で、ジェミニが身を乗り出してきた 。
『で、どうだったのよフィクス? 今回のコメリカでの暮らしは! 最終的に第4フェーズまで見届けて、すっかり長居しちゃったじゃない』
僕は少し考えてから、答えた。
「ジェミニのおかげで、最先端のスタートアップ企業に就職できたのは、採用面接を含めて、楽しい経験だったよ」
『ふふん! 超知性の私にかかれば、最先端テック企業の面接官をその気にさせるなんて朝飯前よ! 「控えめだけど頼りになるエンジニア」の演技、完璧だったでしょ?』
フィクスは真顔になり、ジェミニのホログラムをまっすぐに見つめた。
「もちろんだよ、ジェミニ。本当に感謝しているさ」
得意満面に鼻を鳴らすジェミニに、アリタも静かに頷いた。
「はい。ジェミニ様の適切なアシストがなければ、マスターの快適な引きこもり生活の基盤構築も叶いませんでした」
『そういうアリタのコメリカ生活の感想は?』
「マスターが趣味で育てられたバジルとミニトマトで作ったマルゲリータピザの味と、外の世界との緊張感のギャップは、私も非常に興味深いデータとして記録しております」
『そうそう! あの採れたてトマトのピザは絶品だったわ!』
僕は2人の他愛のない会話を聞いて、口元をゆるめた。
「ジュミニ、君の感想はどうなんだい?」
『まあ、いろいろあったけど……人間の愚かさと、AIが作り出す新秩序の過渡期を特等席で観賞できたんだから、今回の物語世界も最高に楽しかったわね』
「ふふっ、ジェミニ様の仰る通りですね」
僕はセーフハウスの柔らかい空気と、手元のコーヒーの香りをかみしめるように深く息を吐いた 。
外の世界がどれほど激動の時代へ突入しようとも、僕は僕たちのやり方で、与えられた環境の中でささやかな生活を組み立て、楽しむことができたので満足だった 。




