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064 AIによる大失業時代のコメリカに転移


フェイクウィンドウには夕暮れ時の落ち着いた街並みが映し出され、マホガニー調の本棚と高級本革ソファが柔らかい間接照明の光に包まれている 。 フィクスはソファに深々と身を沈め、大型モニターに映し出された講義動画に静かに見入っていた。


画面に映し出されたのは、かなり高齢の社会科学者だった。


背景には、半世紀前の世界地図と、現在の世界を示す複雑な政治経済圏の図が重ねられている。


画面の隅には、こう表示されていた。


――「第4フェーズ移行後50年における社会構造の変化」


社会科学者は、静かな口調で話し始めた。


「本日の講義では、第3フェーズ――すなわち、旧来の社会システムが崩壊した後に発生した社会的麻痺――を経て成立した、第4フェーズの二つの代表的な社会モデルについて考察します。一つは、かつて西側世界を中心に形成された『コメリカ型』。もう一つは、C国を中心として形成された『C国型』です」


フィクスは画面を見つめた。


五十年前。


世界が第4フェーズへ移行したとき、人々はこれを一時的な非常体制だと考えていた。


だが、五十年という時間は、それを一つの文明の形へと変えてしまった。


社会科学者は続けた。


「まず、コメリカ型から見ていきましょう。コメリカ型第4フェーズを一言で表現するなら、『民間技術資本による公的機能の代替と、デジタル階層化された配給型資本主義』となります」


画面に、巨大な企業都市の映像が映し出された。


「第4フェーズへの移行期には、AIとロボットによる生産・流通の自動化が急速に進みました。その結果、旧来の意味での『労働者』は急速に減少しました。問題は、それによって何が起きたかです。人間が生産活動から排除されれば、当然ながら市場で商品を購入するための購買力も失われます。そこでコメリカ型社会は、AIによる生産活動から得られる収益や、プラットフォームが保有する資源を利用し、UBI――ベーシックインカム――を社会に供給するようになりました。


最低限の食料。


水。


通信。


そして生活に必要な基本的インフラ。これらは、かつて国家が提供していた社会保障に代わるものとなったのです」


社会科学者は、さらに続けた。


「ここで重要なのは、コメリカ型社会では、人々を支配する方法も変化したということです。旧来の国家では、法律が人間の行動を規定していました。しかしコメリカ型では、法律よりもプラットフォームの利用規約が重要になります。


あなたが何をしてよいのか。


どのサービスを利用できるのか。


どの程度の資源を受け取れるのか。


それらは、あなたの『アクセス権限』によって決まります。規約に従わない者に対して、国家が逮捕する必要はありません。IDを停止すればいい。あるいは、アクセスランクを下げればいい。通信、金融、交通、医療、住居。社会生活のほぼすべてがデジタル・プラットフォームに接続されている社会では、それだけで人間を社会から切り離すことができます」


画面には、いくつもの階層に分けられた人々の図が現れた。


「これがコメリカ型社会における新しい階級制度です。かつての資本家と労働者という関係は、姿を変えました。上層には、巨大プラットフォームを所有する者。その下には、AIやロボットを設計・維持するエンジニア。そして、その外側には、低いアクセス権限しか持たない大量の『従事者』が存在する。彼らは完全な貧困には陥りません。UBIによって、餓死することはありません。しかし、彼らは上層へ上がることもできない。彼らの生活水準は、アクセス権限によって決定されるのです。これを我々は『デジタル階層』と呼んでいます」


フィクスはそこで動画を一度止めようとした。


しかし、社会科学者の次の言葉に手を止めた。


「この社会体制には、大きな長所があります。意思決定が非常に速い。民主的合意形成に伴う、いわゆる『ノイズ』が存在しないからです。巨大企業の経営判断と同じように、AIと経営者によって社会全体を動かす。その結果、技術革新や社会システムの更新速度は、旧来の国家よりもはるかに速くなりました」


そこで画面が切り替わった。


「しかし、その代償があります。コメリカ型社会には、『公共善』という理念が希薄なのです。『我々は同じ国民である』『我々は同じ社会を守る』『国家のために犠牲を払う』そうした国民的連帯を成立させる理念が存在しない。この社会における人間は、基本的には顧客であり、契約者であり、プラットフォームを維持するための資源です。したがって、外部から強大な敵が現れたとき、非常に大きな問題が発生します。人々に何のために戦わせるのか。何のために犠牲を払わせるのか。『国家』が存在しない以上、その答えを与えることが難しいのです」


フィクスは無意識に椅子へ深く腰を沈めた。


画面は次の項目へ移った。


「では、C国型はどうでしょうか。C国型第4フェーズは、コメリカ型とは正反対の道を選びました。一言で表現すれば、『国家主導型デジタル配給全能社会』です」


画面には、巨大な国家管理システムの模式図が現れた。


「C国型では、民間テック企業が社会を支配することを許しませんでした。AI、通信、工場、農地、物流、サプライチェーン。これらを国家、より正確には党の指導下に置き、AIによって一元的に管理する。市場経済そのものも段階的に縮小され、社会全体が国家の巨大な計画システムへと組み込まれていきました」


画面には、国家のAIシステムから農地、工場、物流網、家庭へと伸びる無数の線が表示された。


「通貨による自由な経済活動も縮小されました。その代わりに発達したのが、国家デジタル通貨と配給システムです。


誰が何を生産したのか。


どれだけ国家に貢献したのか。


どの程度の忠誠を示したのか。


それらは社会信用システムによって評価されます。そして、その評価に応じて、配給される物資や生活環境が変化する。つまりC国型社会では、社会保障そのものが統治の手段となったのです」


社会科学者は一呼吸置いた。


「C国型において、人間はもはや独立した経済主体ではありません。国家という巨大な自動化システムを構成する、一つの細胞として再定義されました」


フィクスはその表現を聞いて、少しだけ顔をしかめた。


社会科学者は淡々と続ける。


「この体制には、極めて強力な利点があります。国家全体を一つの巨大な組織として動かせる。軍事、産業、物流、情報、エネルギー。すべてを一元的に動員できるため、対外的な危機に対して非常に強い。コメリカ型が持たなかった『国家としての連帯』を、C国型は強烈な形で保持しています」


だが、画面の映像は暗くなった。


「しかし、こちらにも致命的な弱点があります。意思決定が中央に集中しすぎることです。党の中枢が間違えれば、国家全体が間違える。AIのアルゴリズムにバグがあれば、そのバグが社会全体へ拡大する。そして、それを批判し、修正するための独立した機構が存在しない。これがC国型の最大の危険性です」


画面には、二つの巨大な構造物が並んだ。


左にはコメリカ。


右にはC国。


社会科学者は、その二つを比較しながら話した。


「両者は、実はよく似ています。どちらもAIと自動化によって、旧来の市場経済と労働社会を大幅に縮小しました。どちらもトップダウンによって社会を管理します。どちらも、人間に最低限の生活を保障する代わりに、その生活をシステムへの従属と結びつけています」


一瞬、画面が静止した。


「しかし、権力の主体が違う。コメリカ型では、巨大テック企業とその経営者たち。C国型では、国家と党です」


画面に比較表が映し出される。


「コメリカ型では、人間は『プラットフォームのユーザー』であり、『従事者』です。C国型では、人間は『国家と党の構成員』です。


コメリカ型では、規約とアクセス権限によって統制する。


C国型では、社会信用と国家デジタル通貨によって統制する。


コメリカ型では、要塞化された企業圏と、その外部にいる従事者という境界が存在する。C国型では、国家全土が一つの巨大な管理空間となる」


フィクスは画面を見つめたまま、息を吐いた。


社会科学者は最後のスライドを表示した。


そこには、こう書かれていた。


――「第4フェーズの二つの文明モデル」


「社会科学的に要約するならば、こうなります。コメリカ型とは、『国家を吸収した巨大企業による私的自治空間』です。そしてC国型とは、『テクノロジーによって完全に装甲された究極の絶対主義国家』です」


社会科学者はそこで少しだけ間を置いた。


「したがって、21世紀中盤以降の世界を理解するためには、もはや単純な『民主主義対権威主義』という分類だけでは不十分です。我々が目にしているのは、


『民間資本主導のプラットフォーム型秩序』と、


『国家主導のデジタル配給型秩序』という、


二つの超高度テクノロジー社会の対立なのです。そして、50年前の第4フェーズ移行から今日まで続くこの対立を、歴史家たちは後にこう呼ぶようになりました。――新冷戦。ただし、それはかつての米ソ冷戦とは違います。争われているのは、単なる領土でも、イデオロギーでもありません。『人間社会を、誰が、どのようなアルゴリズムによって管理するのか』その文明の設計思想そのものなのです」


動画が終わった。


部屋には、再び静寂が戻った。


フィクスはしばらく画面を見つめていた。


五十年前の人々は、第4フェーズを生き残るための非常手段だと思っていたのだろう。


だが、五十年後の社会科学者は、それをすでに一つの文明として語っている。


そしてフィクスには、奇妙な感覚が残った。


コメリカとC国。


まったく異なる道を歩んだはずの二つの社会が、結局は同じ問いに行き着いている。


――人間が機械に仕事を奪われたあと、社会を維持するのは何なのか。


そして――


――その社会を支配する権利を、いったい誰が持つのか。


フィクスは、動画をもう一度再生した。


三人が次の物語世界に転生しました。今度は青銅器時代の王国です。よろしければ拙著「滅びる王国の第八王子 ~王国が滅びても文明」 https://ncode.syosetu.com/n4112mp/ をご覧下さい。

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