060 AIによる大失業時代のコメリカに転移
2039年ある日の朝
完璧な湿度と温度に保たれた高級ゲートコミュニティ「エデン・クレスト」の最上階ペントハウス。
目覚ましのアラームとともに、壁一面の有機ELディスプレイが静かに点灯した。画面に映し出されたのは、コメリカ全土の富裕層居住区向けに同時放送されている朝の番組『GNN:モーニング・レポート』のスタジオだった。
いつもなら爽やかな笑顔と軽快なBGMで始まるオープニングだが、今朝は違っていた。重々しい低音のテーマ曲とともに、黒を基調としたスーツに身を包んだメインキャスターのブライアンとケイトが、沈痛な面持ちでカメラを見つめている。
画面上部には、赤く太いテロップが躍っていた。
『卑劣な国家級サイバーテロ——サンクチュアリ・ヒルズ崩壊の衝撃』
「……改めまして、皆さんおはようございます」
ブライアンが深く息を吐き出し、抑えた怒りを滲ませるようなトーンで語り始めた。
「今朝、私たちはコメリカ史上最も暗く、そして決して許すことのできない悲劇のニュースからお伝えしなければなりません。昨夜未明、我々の同胞が暮らす完璧な楽園であった『サンクチュアリ・ヒルズ』が、C国の手によって惨劇の地へと変えられました」
画面が切り替わり、黒く焦げ付き、半壊したサンクチュアリ・ヒルズの空撮映像が流れる。高精細防護壁は砕け散り、中央の地下インフラ跡からは今なお薄い黒煙が立ち上っていた。
「C国軍特務サイバー部隊による国家級マルウェア攻撃です」と、ケイトが声のトーンを落とし、痛ましそうに胸に手を当てた。「インフラ制御AI『アテナ』に直接打ち込まれた悪質なコードにより、冷却システムが意図的に暴走させられました。平和と繁栄を享受していた多くの尊い命が、一瞬にして奪われたのです」
スタジオの画面には、犯行声明とされるIPアドレスの解析結果や、C国軍のエンブレムを模した攻撃経路のグラフィックが分かりやすく提示される。
「あまりにも卑劣で、非人道的な行為です」ブライアンが強く拳を握りしめた。「彼らは我が国の自由と、高度に洗練された文明そのものを狙ったのです。しかし、我々はこの脅威に屈することはありません」
画面には、昨夜行われた大統領の緊急記者会見の映像がカットインした。大統領の背後には、マーカスをはじめとする新ディープステートのCEOたちが重々しい表情で居並んでいる。
『……親愛なるコメリカ国民の皆さん。本日未明、我が国の平和の象徴のひとつであったサンクチュアリ・ヒルズが、C国の非道なサイバーテロによって壊滅いたしました』
『これは我が国の主権に対する宣戦布告であります。 我々は直ちに国家緊急事態を宣言します。国内のあらゆる混乱を収拾し、敵に対抗するため、本日より全インフラの公営化、AI税の徴収、そして全国民への緊急生存手当(完全UBI)の給付を開始します。これに反対する者は敵国の内通者とみなします』
大統領の決意に満ちた声が響き渡ると、スタジオの映像に戻った。
「大統領と各界の最高指導者(CEO)たちによる、迅速かつ極めて果断な決断です」ケイトが熱のこもった声で頷く。「全インフラの国家統合管理と完全UBIの導入により、旧市街で頻発していた治安悪化やC国による工作の隙を完全に塞ぐことが可能となります。これはまさに、我が国の安全保障を根底から再構築する歴史的な一歩と言えるでしょう」
「その通りです、ケイト」ブライアンが力強く微笑んだ。「混乱を収拾し、内なる脅威と外敵を一掃するための『完全なる秩序』が今、確立されようとしています。なお、当『エデン・クレスト』をはじめとする全ゲートコミュニティでは、本日午前5時をもって政府および防衛企業連合による最新型の量子暗号ファイアウォールへの完全移行が完了いたしました」
画面下部に、緑色の安心感を与えるテロップが流れる。
『当コミュニティのセキュリティステータス:100%安全(C国製プロトコル完全遮断済み)』
「視聴者の皆様、どうぞご安心ください。政府と民間防衛企業の強固な連携により、皆様の楽園は以前にも増して完璧に保護されています。C国のテロリズムが我が国の誇り高き暮らしを脅かすことは決してありません」
ケイトがカメラに向かって穏やかに微笑みかけた。
「それではここでコマーシャルです。次世代の完全孤立型ミリタリーグレード防護システム『サイバー・シェード』のご紹介。そしてCMの後は、『インフラ公営化がもたらす富裕層資産の新たな税制優遇措置』について専門家に詳しく伺います。どうぞそのままご覧ください」
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洗練されたBGMとともに、C国製コンポーネントを一切使用していないことを誇る防衛企業のスタイリッシュなCMが流れ始めた。
ペントハウスの住人は、完璧に温度管理された淹れたてのコーヒーを口に含み、安堵の溜息をつく。画面の向こうで燃え尽きたサンクチュアリ・ヒルズの残骸も、大統領の厳しい表情も、すべては自分たちの快適で安全な生活を守るための「正しい手続き」に過ぎないのだと納得しながら、爽やかな朝の光の中に視線を戻した。
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完璧に室温25度、湿度50%に管理された地下5階セーフハウスのリビングルーム 。
ゆったりとしたソファの前のモニターには、緊張感を孕んだキャスターの声が静かな室内に響いていた 。
『卑劣な国家級サイバーテロ——サンクチュアリ・ヒルズ崩壊の衝撃』
画面上部で赤く太いテロップが明滅し、続いて黒く焦げ付き、半壊した超ハイテクゲートコミュニティの痛ましい空撮映像が映し出される 。
フィクスは深々とソファの背もたれに身体を預け、温かいコーヒーカップを手に取りながら、視線をモニターへ向けた 。
「富裕層居住区の1つが、C国のサイバー攻撃により破壊されたそうだよ」
ポツリと漏らしたフィクスの言葉に、ジェミニが答える 。
『私が得ている情報だと、裏があるわよ』
「裏ってなんだい?」
ジェミニは両腕を組み、画面の中で神妙な表情を演じている大統領とCEOたちの映像を顎でしゃくってみせた 。
『新ディープステートのCEOたちがね、第4フェーズへの移行を急ぐために、C国のサイバー攻撃に見せかけてサンクチュアリ・ヒルズをスケープゴートにしたってことね』
モニターの向こうでは、大統領が「国家緊急事態宣言」を発令し、全インフラの公営化と完全UBIの導入を力強く宣言している 。
「……誰かが作った箱舟は、誰かの都合で破壊されたってことか」
フィクスは沈痛な面持ちでぽつりと呟いた 。どんなに完璧な防護壁を築こうとも、誰かの都合一つで切り捨てられていく 。
メイド服に身を包んだアリタが、フィクスのカップへ静かに淹れたてのコーヒーを継ぎ足す 。
「ありがとう、アリタ」
一口含んで心を落ち着かせたフィクスは、再びジェミニへと視線を戻した 。
「この意思決定に関わった新ディープステートのCEOたちを、マークしておいてジェミニ」
『大丈夫よ』
ジェミニは、笑みを浮かべて見せた 。
『私が仲良くしているAIたちに、“因果応報”という概念を教えてあげたもの』
その言葉に込められた仄暗い冗談とも本気ともつかない響きに、フィクスは苦笑いを浮かべつつ、再び静かにコーヒーに口をつけたのだった 。




