059 AIによる大失業時代のコメリカに転移
新ディープステート密室会議
電磁シールドで完全に遮断された極秘会議室。
巨大なホログラム・テーブルを囲むのは、米国の政治・経済・軍事を実質的に支配するかつてのテック富豪「新ディープステート」の幹部集団だった。
中心に立つグローバル・ネットワーク最大手のCEOマーカスは、巨大なホログラム世界地図を不機嫌そうになぞった。そこに赤く明滅していたのは、C国による静かで怒涛の「見えない侵蝕」のデータである。
「見ろ。過去半年のデータだ」
マーカスが冷徹な声を響かせる。
「C国は我が国の第3フェーズ——国内の社会的麻痺と混乱を完璧に高見の見物決め込んでいる。我が国の技術者や半導体人材に『安全と安定』を提示して無制限に引き抜き、旧市街を捨て去って第三国と新たな経済網を築いている。彼らは一発のミサイルも撃たず、我が国が自滅するのを待つだけで、世界市場の8割を掠め取ろうとしているのだ」
「旧体制の議会や保守層の抵抗のせいだ」
向かいに座るバイオ&インフラ統合企業の女性CEO、ヘレンが吐き捨てた。
「彼らは未だに『完全UBI(基礎所得保障)やAI税は社会主義的だ』などと抜かして法案を足止めしている。そして、C国からの認知戦も入っている。国内の暴徒や旧政治家どもが足の引っ張り合いをしている間に、我々の市場基盤は崩壊する。国民を生存保障で統制し、経済循環を強制再生させる『第4フェーズ』へ直ちに移行しなければ、我々はC国に敗北する」
「国民と旧権力層を一瞬で黙らせる『共通の恐怖』が必要だ」
マーカスは視線を一箇所に落とした。ホログラムに浮かび上がったのは、ボストン郊外に誇らしく聳え立つ最先端ゲートコミュニティの名称だった。
——『サンクチュアリ・ヒルズ』。
「待ちなさい、マーカス」
ヘレンが息をのんだ。
「サンクチュアリ・ヒルズは我が社の最新型小型原子炉と、AI自律防衛網のショーケースよ。我が連合の富裕層や最高幹部家族が3千人も暮らしている」
「だからこそ、最高のスケープゴートになる」
マーカスの目が冷たく光った。
「旧市街の暴徒が破壊されたところで世論は動かん。『完璧に安全とされたハイテク要塞が、C国の国家規模のサイバーテロによって核融解を起こし、壊滅した』としたらどうだ?」
「……旧権力派の反対意見は吹き飛ぶな」
軍事AI開発の第一人者であるコールが笑みを浮かべた。
「『我が国はC国による宣戦布告なき侵略を受けた。国家存続のため、即座に全インフラを中央集中管理化し、全国民に緊急経済支援(UBI)を給付して戦時統制下におく』——そう宣言すれば、誰も反論できん」
「だが、中の住民は?」ヘレンが問う。
「何人かの重要人物は今夜中に理由をつけて退避させる」
マーカスは一切の感情を排して言った。
「残りの住民には……『技術覇権戦争の尊い犠牲』となってもらう。C国のせいにすれば、国内の反AI勢力も敵への怒りで一つにまとまる。第4フェーズへの移行を速やかに完了させるための、合理的な投資だ」
暗闇の中で、CEOたちは静かに頷いた。
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サンクチュアリ・ヒルズ
その夜、サンクチュアリ・ヒルズはいつものように完璧な静寂に包まれていた。
高さ6メートルの高電圧防護壁、闇を滑るように巡回する四足歩行警備ロボット、完璧に温度管理された邸宅。壁の外側で旧都市部が暗闇と暴動に怯えていようとも、ここだけは楽園だった。
午後11時42分。
住民たちが上質なベッドで眠りについていたその時、コミュニティの心臓部である地下インフラ制御AI『アテナ』のメイン画面で、無数の警告アラートが静かに、しかし致命的に赤く点滅し始めた。
『警告:外部ネットワークからの侵入を検知。ファイアウォール破られ——』
だが、それは外部からの攻撃ではなかった。新ディープステートの中枢から直接送り込まれた、管理者権限を持つ「破滅のバックドアコード」だった。
最初に異常をきたしたのは、生命線である自律防衛網だった。
高圧電流コイルが激しい火花を散らしてショートし、四足歩行警備ロボットたちが一斉に不気味な動作停止状態に陥る。
つづいて、地下の小型原子炉の冷却システムに過剰負荷コマンドが打ち込まれた。
インターホンと緊急放送スピーカーから、耳を裂くような電子音が鳴り響く。
『緊急警報。C国軍特務サイバー部隊による国家級マルウェアの攻撃を受信。冷却機能が喪失しました。退避してください』
「な、なんだって……!?」
邸宅のバルコニーに飛び出したアーサーは、目を疑った。
外の暗闇を守っていたはずの高精細防護壁のライトが一斉に消え去っていた。さらには、常時監視ドローンたちが羽虫のように地上へ撃墜されていく。
「アーサー!ドローンが動かないわ!避難用エアカーも起動しない!」
妻のエレーナが悲鳴を上げる。
『侵入元IPアドレス:C国国家安全部・第6サイバー作戦司令部——』
人工音声が空しく偽りの犯行声明を読み上げる中、地下深くから地響きが鳴り響いた。
冷え切った空気で満たされていたはずの楽園に、猛烈な熱波が押し寄せる。
次の瞬間、サンクチュアリ・ヒルズの中央部から蒼白い熱線と黒煙が夜空へ吹き荒れた。
完璧を誇った高電圧壁は崩れ落ち、自慢の人工芝は一瞬で黒焦げの地獄絵図へと変貌した。
壁の向こう側、暗闇の「旧市街」で寒さに震えていた生活困窮者たちは、空を真っ赤に染める富裕層要塞の爆発を、呆然と見上げていた。
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C国共産党首脳部
北京、中南海。
真夜中に緊急招集された最高指導部会議室は、かつてないほどの狼狽と混乱に包まれていた。
「我が国の作戦ではないだと!? 本当に我が国のサイバー軍の独走ではないのか!?」
党総書記が、机を激しく叩いて国家安全部部長を問詰した。
「あり得ません、書記長!」
部長は青ざめた顔で頭を振った。
「我が国の対コメリカ戦略は『敵の第3フェーズにおける内部崩壊を静観し、一切の挑発を行わず、認知戦によりコメリカを団結させずに経済圏を切り崩す』という厳命のもと、完全に徹底されていました!コメリカの要塞都市をサイバー攻撃するなど、我が国の戦略に何一つ利益がありません!」
その時、壁面の巨大モニターに、緊急生放送を開始した米国大統領の姿が映し出された。
大統領の背後には、マーカスをはじめとする新ディープステートのCEOたちが重々しい表情で並んでいる。
『……親愛なるコメリカ国民の皆さん。本日未明、我が国の平和の象徴のひとつであったサンクチュアリ・ヒルズが、C国の非道なサイバーテロによって壊滅いたしました』
大統領の声明に、C国首脳陣は言葉を失った。
『これは我が国の主権に対する宣戦布告であります。 我々は直ちに国家緊急事態を宣言します。国内のあらゆる混乱を収拾し、敵に対抗するため、本日より全インフラの公営化、AI税の徴収、そして全国民への緊急生存手当(完全UBI)の給付を開始します。これに反対する者は敵国の内通者とみなします』
「ハメられた……!」
外交部長が震える声で叫んだ。
「奴ら、自国の都市と住民を犠牲にして世論を統一し、停滞していた社会構造の転換を一気に完遂させる気だ!」
「何という狂気……! 自国民を殺して我々に濡れ衣を着せるとは!」
総書記は苦々しく顔を歪めた。
C国がコメリカを刺激しないよう、どれほど慎重に「静かな侵蝕」を進めていたとしても、相手が自作自演で「悲劇のヒーロー」を演じ、全軍・全社会を戦時体制(第4フェーズ)へと一瞬で移行させてしまっては、もはや言い訳など通用しない。
「すぐに外交部から対外声明を出せ!」
総書記が怒号を飛ばした。
「我が国は一切関与していない!米国の捏造であり、自作自演の謀略であると全世界に訴えるのだ!」
数時間後、C国外交部報道官は緊急記者会見を開き、強い調子で声明を発表した。
『C国政府は、米国サンクチュアリ・ヒルズで発生した悲劇に対し、深切なる哀悼の意を表すると同時に、我が国に関与があるとする米国政府の無根拠なデマを断固として拒絶する! 米国側は自国の過酷な社会矛盾から目を背け、他国をスケープゴートにする極めて不誠実かつ危険な行為を直ちにやめるべきである!』
だが、どれほど正論を吐こうとも、炎上するサンクチュアリ・ヒルズの映像と「C国のマルウェア」という煽情的な見出しは、既にコメリカ全土の国民の怒りを完全に火をつけていた。
新ディープステートの冷酷な計算通り、コメリカは悲鳴を上げながらも、完璧な統制社会——「第4フェーズ」への扉をこじ開けたのだった。




