058 AIによる大失業時代のコメリカに転移 マルゲリータピザ
チリン、とガラスの風鈴が涼しげな音を立てて揺れた。
フェイクウィンドウに映し出されているのは、四国の下灘駅の青い空と、どこまでも澄み渡る瀬戸内海の風景と波の音。完璧に室温28度、湿度50%に管理された地下5層のセーフハウス内は、外の過酷な環境を忘れさせるほど快適で穏やかな空気に満ちていた。
フィクスは室内の一角にあるプランターへと歩み寄った。ここには、自動化された水耕栽培プラントとは別に、彼が完全に趣味として手塩にかけて育てていたミニトマトとバジルがある。
「うん、今日もいい出来だ」
赤い実をたわわにつけた株から、熟したミニトマトを丁寧に摘み取っていく。今回の収穫はちょうど20個ほど。その隣で、まだ小さくはあるものの青々とした香りを放つバジルから、成長を促すために間引いた分の葉をいくつか摘み摘んだ。
フィクスはザルに載せた収穫物を抱え、キッチンへと向かった。
「アリタ、これを見てくれ。完璧な収穫期だ。今日はこれを使って、マルゲリータピザを作ってくれないか?」
厨房で手際よく整頓を進めていたアリタが振り返り、フィクスの差し出したザルを検分するように見つめた。
「ほう……マスターにしては、光合成の管理も水分補給の調整も及第点ですね。フレッシュな酸味と甘みが期待できそうです。よろしい、では極上のマルゲリータをご用意いたしましょう」
『やったー! ピザね! あたしもホログラムの視覚再現度を最高レベルにして味わうわ!』
フィクスの腕のバングルからホログラムの胸を躍らせてジェミニが姿を現した。
アリタの調理はまさに芸術的だった。あらかじめ発酵させておいたピザ生地を手際よく打ち粉の上に広げ、手振り良く均一な円形に伸ばしていく。フィクスが摘んだミニトマトの半分は潰して速攻で爽やかなフレッシュトマトソースに仕立て上げ、残りの半分はそのままハーフカットにして生地の上に散らした。
その上に厚切りにしたフレッシュモッツァレラチーズをたっぷりと敷き詰め、間引いたばかりの青々しいバジルを添える。
「マスター、オーブンの予熱は完了しております。生地の伸ばし方が不均一だと焼きムラができますので、もし次回ご自身でお作りになるなら、伸ばし工程はもっと丁寧に指の腹をお使いくださいね」
「あはは、善処するよ。アリタの手際を見てると、自分で作るのが恐れ多くなるけどね」
ダメ出しをされつつも楽しそうに応えるフィクスを横目に、アリタはピザを高温のオーブンへ滑り込ませた。
数分後、香ばしい小麦とチーズの焼ける香りがキッチン中に広がる。
オーブンから取り出されたピザは、縁がこんがりと膨らみ、中央では溶けたモッツァレラチーズがグツグツと泡を立てていた。その上に、フレッシュなバジルの葉が追いのせされる。
フィクスはグラスと、キンキンに冷えたプレミアムモルツの缶をテーブルに並べた。
「さあ、焼き上がりましたよ」
切り分けられたマルゲリータピザがテーブルの中央にセットされる。
グラスに黄金色のビールを注ぎ分け、ジェミニもホログラムのグラスを掲げた。
「それじゃあ、僕たちの地下5層の隠れ家の平和と、今日の美味しい収穫に……乾杯!」
「「乾杯!」」
冷えたビールを喉に流し込む。爽快な苦味と炭酸が喉を駆け抜けた後、フィクスは熱々のピザを手に取った。持ち上げると、たっぷりのモッツァレラチーズがどこまでも伸びていく。
一口頬張ると、サクッとした生地の香ばしさに続き、フィクスが育てたミニトマトの濃密な甘みと爽やかな酸味が口いっぱいに弾けた。濃厚なチーズのコクと、フレッシュバジルの清涼感あふれる香りが絶妙な調和を奏でる。
『美味しい! フレッシュトマトの酸味がチーズの重さを消してて、いくらでも食べられそう! やっぱり採れたて野菜は最高ね!』
「……フッ、マスターが育てたミニトマトの素材の良さが、私の完璧な焼き加減と見事な相乗効果を生んでいますね。今回の出来は、星三つと評価して差し上げましょう」
アリタも満足げに頷きながら、上品にビールを口に運んだ。
「自分で育てた素材をプロの技で料理してもらって、冷えたビールと一緒に味わう……これ以上の贅沢はないね」
下灘駅の美しい海を背景に、3人はたわいもない会話と極上のピザ、そして冷えたビールを心ゆくまで堪能するのだった。




