056 AIによる大失業時代のコメリカに転移
新ディープステート 要塞化エリア(Fortified Area)
最上階のペントハウスを改造した社内コマンドセンター。ガラス張りの壁の向こうには、霧と薄闇に沈む旧市街のシルエットが広がっていた。
巨大なホログラム・ダッシュボードの前に集まっているのは、世界最大の通信衛星網、クラウドインフラ、AI自動防衛システム、そして次世代エネルギー網を握るわずか数人のCEO——「新ディープステート」の指導部だった。
「連邦警察の補給線が完全に寸断されたそうだ」
衛星通信企業の創業者である男が、冷えたウイスキーのグラスを軽く揺らしながら言った。
「ワシントンはもう警察官の給与すら払えない。旧市街の第4区じゃ、バールを手にした暴徒がスーパーや変電所を襲撃している。警察も兵士も、自分の家族を守るために武器を持ったまま逃亡したよ」
別の女性CEO——世界最大級のAIセキュリティ企業を率いる人物が、ダッシュボードの赤い警告ランプを指でタップした。
「遅かれ早かれこうなることは分かっていたわ。民主主義という時代遅れのOSは、極限状態の危機に対応できない。『みんなで話し合って決める』なんていうノイズだらけの合意形成プロセスに頼った結果が、あの無秩序な暗闇よ」
彼女の背後のスクリーンには、彼らが「Citadel-1(シタデル・ワン)」と名付けた自社の本社敷地およびデータセンター群の周囲がリアルタイムで映し出されていた。
そこでは、数週間前から急ピッチで工事が進められていた。高さ12メートルの強化コンクリート防壁、その頂部に張り巡らされた高圧電流コイル、そして壁の境界線を機械的な足音で巡回する四足歩行警備ロボット群。
「『壁を建てるな』『差別だ』と騒いでいたワシントンの政治家たちも、先週、我々のデータセンターの通信網を貸してくれと泣きついてきた時は惨めだったな」
クラウド巨頭のCEOが嘲笑を浮かべた。
「我々は政治家に言ったんだ。『インフラの無償提供はしない。だが、この区画の治外法権と、自前のセキュリティ部隊による実効支配を認めるなら、最低限の通信と電力を保証してやる』とな」
「それが、この『要塞化エリア(Fortified Area)』の真の誕生の瞬間ね」
女性CEOが満足そうに頷いた。
「国を守るのではない。我々のインフラ、データセンター、そして知的な資産(人間とAI)を守る。旧政府の公務員や一般市民を救う余裕はないが、壁の清掃や外郭の物理メンテナンスを引き受ける『従事者』には、壁のゲート前で清浄な水と合成栄養食を配給する。それで彼らも壁を守る側に回る」
ダッシュボード上で、要塞エリアを囲む緑色の防壁ラインが完全な円を描いて閉じた。要塞内部には、小型モジュール炉(SMR)からの安定した電力、自給自足の室内水耕栽培プラント、最高度のAI医療、そして高速通信網が100%のパフォーマンスで稼働している。
「完璧だ」
衛星通信の男が静かに言った。
「かつて国家というシステムは、国民から税金を取って安全を提供するビジネスモデルだった。だがそれは破綻した。これからは、優れたインフラとセキュリティを提供する我々『CEO』が、この領域の新しい絶対統治者だ」
外の闇からは、時折、旧市街で爆発する変電所の赤い光と銃声が漏れてくる。だが、要塞の防音ガラスはその不快なノイズを完璧に遮断していた。
「さあ、諸君」
男はグラスを掲げた。
「旧世界のバグは消え去った。我々の手で、真に効率的で合理的な『新秩序』を始めよう」
CEOたちは無言でグラスを合わせ、眼下に広がる漆黒の荒野と、自らの足元で目眩く輝く要塞の光を見つめた。




