054 AIによる大失業時代のコメリカに転移
マーカス(ベア)率いるギャング団が、果樹園の中のファームハウスとその地下施設に居を構えてからしばらくが経ち、彼らの生活もようやく落ち着きを見せ始めていた 。
地上の泥や埃、停電の闇とは完全に無縁な地下2層の快適な居住区画と、溢れんばかりの食料 。それらを確保したギャングたちにとって、ここはまさに過酷な旧市街の地獄から辿り着いたパラダイスそのものだった 。
だが、その平穏は突如として破られた。
ファームハウスへと続く旧農道の入口に配置していた見張りから、緊迫した無線連絡が入ったのである。
「ボス! 旧農道から襲撃者と思われる一団が接近中! 数は二十以上、車両数台に分乗してこちらに向かっています!」
「……ちっ、どこで聞きつけやがった」
ファームハウス1階の指揮所にいたベアは重々しく口を開くと、当直の連絡員に向かって太い声を張り上げた。
「全員へ伝達! 計画通りの配置につけ! 演習通りにやるぞ!」
「了解!」
連絡員の手によって即座に各所へ警報が巡らされ、地下で寛いでいた構成員たちも一斉に手製の装備を引っ提げて動き出した 。
襲撃者の迎撃作戦は、事前の計画通り完璧に進行した。
果樹園の暗がりに潜んだ前衛部隊が、迫り来る敵車列に対して軽い弾幕を浴びせ、適度な抵抗を見せた後にすぐさまファームハウスへと撤退を開始する 。敵を油断させ、屋内へと誘い込む。
ファームハウスの開け放たれた玄関ドアから建物内に撤退したマーカス率いるギャングたちは、そのまま地下貯蔵庫の奥にある隠し扉を通り、地下1層の迷路階層へと敵を引きずり込んだ 。
追撃に目が眩み、強欲に目を血走らせて地下1層へとなだれ込んできた襲撃者たちを待ち受けていたのは、死の罠だった。
ブレインにより解明された地下1層の防衛機構が牙をむく。折れ曲がった複雑な迷路の死角からの射撃、迷路の壁に穿たれた銃眼からの射撃。
敵が壁に張り付こうともそれを許さない壁面から外側へ突き出すように設置された構造からの射撃。更に敵を引き込んだ広小路での交叉射撃。
事前に入念な演習を重ねていたギャングたちの誘導により、襲撃者の一団は反撃の機会すら与えられず、地下1層において完全に殲滅・撃滅されたのだった 。
……
戦闘が終わり、静けさを取り戻した地下2層の快適な居住区画 。
柔らかな空調のもと、ベアとレオ(ブレイン)の二人は革張りのソファの向かいに腰を下ろしていた 。
「全て計画通りうまくいったな。お前が地下1階の防衛設備の使い方を解明してくれたおかげだ、レオ」
ベアは高級肉の缶詰をつまみにジュースのパックを傾け、満足そうに太い喉を鳴らした 。
「ファームハウスのドアが壊されなくてよかったよね」
向かいでタブレット端末のデータを整理していたレオが、ふとそんな言葉を漏らした 。
ベアは一瞬、「何を言ってるんだ?」と言いたげな怪訝な顔を浮かべたが、すぐに思い当たったように膝を打った。
「ああ……地下1階に撤退するとき、襲撃者を誘引するために俺たちがドアを開けたままにしておいたからな。あそこを壊されずに済んだのは確かだな」
だが、レオはタブレットから視線を上げると、真剣な、どこか冷ややかとも言える眼差しをベアに向けた。
「ボス……これから話すことは、確証があることじゃなくて、ただの推理なんだ。だから他のメンバーには絶対に言わないでほしい」
レオの思わぬ切り出し方に、ベアは缶詰を口に運ぶ手を止め、眉をひそめた。
「他のメンバーに知られると、面倒くさいことになるかもしれないからさ」
「今回の襲撃を撃退するために、俺たちは計画を作成したよね」
「果樹園での軽い迎撃からの撤退、地下1層への誘引、そして防衛機構を利用した敵の撃滅……これって、俺たちが最初にここを襲撃した時の、ここの対応そのものなんだよ。ファームハウスの玄関ドアを開けたままにしておいたところまで同じだ」
ベアは太い眉をひそめ、腕組みをした。
「……だが、俺たちが攻め込んだ時は地下1層の防衛機構を利用した迎撃なんてなかったぞ」
「そうだね。だから、あらためて考え直してみたんだ」
レオはベアの目をまっすぐに見つめた。
「ここを作った『IT野郎』は……最初から俺たちをここへ誘い込んだんじゃないかと思うんだ」
「なに……? 何が言いたい」
ベアの声が低くなる。レオは構わず続けた。
「IT野郎の立場になって考えてみてほしいんだ。俺たちがここにいること自体が、奴にとって都合のいいことなんじゃないかって」
「そうか?地上のファームハウスもここの居住区もタダで使われた上に、奴が溜め込んでおいた貴重な物資まで俺たちに食い荒らされてるんだぞ?」
「そうだね。でもベア、俺たちは今回、この場所を命がけで守ったじゃないか」
「見方を変えてごらんよ。俺たちはここに住まわせてもらって、美味いメシをおごってもらう代わりに、ここを外敵から守った——そうは言えないかな?」
ベアは苦々しい、難しそうな顔を浮かべ、喉の奥で唸った。
「……つまりなんだ。俺たちはあのIT野郎の手の上で踊らされてるって言うのか?」
「いやいや、これは踊らされているわけじゃない。ギブ・アンド・テイクさ」
レオは手をかざしてベアを宥めた。
「どちらにとっても利点がある、対等な契約だよ。俺たちは自分たちの得意な『暴力』を提供する。IT野郎は余りある『物資』と『住まい』を提供する。俺たちは、ここへ住み込みで雇われた警備員のようなものさ。……ベアでさえ、IT野郎に踊らされたと思ったら、頭に来ただろ? だから、他のメンバーには絶対に言えないんだ」
ベアはまるで苦虫を噛み潰したような顔になり、深く息を吐き出した。
「……IT野郎が、俺たちをハメて悪さしようとしているわけじゃないんだな?」
「おそらくね。今までだって何の害もなかったろ? それにあのIT野郎は、快適な住まい、潤沢な物資、そして機能的な防衛機構という、警備員の雇用者としての責任を完璧に果たしている。俺たちが余計な詮索さえしなければ……このまま警備員として、ここに居座らせてくれる可能性が高いよ」
ベアはしばし沈黙した後、大きく鼻を鳴らした。
「……ふん、それならいい。この話は俺の胸一つに納めておく。だが、もし状況が変わるようなことがあったら、必ず俺に報告しろよ」
「もちろんだよ、ボス」
……
地下5階セーフハウス、リビングルーム。
高精細なホログラムモニターには、地下2層で密談をするベアとレオの姿、そしてマイクが拾った会話の音声がはっきりと記録されていた。
モニターを見つめていたジェミニが、バングルから浮かび上がらせたホログラムの胸を張り、くすりと笑った。
『よかったじゃない! これであんたのあの超初歩的なミスも帳消しね! 中途半端に頭のいい奴だったら、家中を荒らし回って地下3層への入り口まで見つけられていたかもしれないわよ』
「おめでとうございます、マスター」
アリタが完璧な角度でお辞儀をしつつ、どこか皮肉っぽい口調で付け加えた。
「無事に優秀な警備員たちと、雇用契約が成立したようでございますね」
フィクスは二人の言葉に苦笑しながらも、安堵したようにソファの背もたれに深く身体を預けた。
「でも、本当によかったよ。お互いにとって、これが一番良い結果さ」
フィクスは満足そうに微笑むと、手元のカップから温かいコーヒーをゆっくりと味わうのだった。




