049 AIによる大失業時代のコメリカに転移
地上の警備が無力化された後、マーカス・“ベア”・ホリス率いるギャングたちは速やかに次の動作へ移った。
構成員の一部はファームハウスの周囲を取り囲むように配備され、残りの構成員は周囲を警戒するため、無言のまま暗がりへと散開していく。
ベアとレオ・ヴァルデス(ブレイン)は、母屋の玄関前に立った。月明かりの下、厚みのある木製のドアは僅かに隙間を開けて開きっぱなしになっていた。
「……ファームハウスのドアが開いたままだな」
ベアが太い胸を震わせ、低く鼻で笑った。
「警報に気づいてパニックになり、慌てて逃げ出したから鍵をかけ忘れたのか……無用心なことだ」
「どうだろう……慌てて避難して開けっ放しにしたのかもしれないけれど、もしかしたら『空城の計』かもしれないよ」
レオが懐中電灯の光を抑えながら、慎重に玄関の暗がりを見つめて呟いた。
「クウジョウのケイ? なんだそりゃ」
ベアが怪訝そうに眉をひそめると、レオは淡々とした口調で説明を始めた。
「中国の古代の軍略だよ。自分の陣地の門をあえて開け放ち、警戒心を煽ったり油断を誘ったりして、相手を惑わせる罠のことだ。あえて無防備を見せることで『何か裏があるのではないか』と突撃を躊躇させたり、誘い込んで一網打尽に狙ったりする戦略さ」
その説明を少し後ろで聞いていた大柄な構成員、シャックが、小柄で貧弱な体格のレオを嘲笑うように鼻を鳴らした。
「けっ……臆病なこったな、ブレイン」
シャックは肩を揺らし、吐き捨てるように言った。
「ただのひ弱なIT野郎が腰を抜かして逃げ出しただけだろ。何を大昔の昔話を持ち出してビビってんだか」
「うるせえ、黙ってろ」
ベアの鋭い一言が飛んだ。巨漢のリーダーから放たれる威圧感に、シャックの体が小さく跳ねる。
「レオのこの用心深さがあったからこそ、俺たちは何度も生き残ってきたんだ。余計な口を挟むな」
ベアにしなめられたシャックは苦々しい顔で口をつぐんだが、不満そうに横を向いて舌を鳴らした。
「シャックの言うことも一理あるけれど、確認して損はないさ」
レオはシャックの態度を特に気にする様子もなく、手元の探査ロボットを準備した。車輪に消音ゴムを巻いた小型ロボットを地上に置くと、タブレット端末で操作し、開いたドアの隙間からファームハウスの内部へと滑り込ませる。
端末の画面には、1階のホール、広々としたリビング、全自動キッチンがリアルタイムで映し出された。生活感の無い整然とした室内には人影も銃撃の気配もなく、仕掛けられた爆薬や自動迎撃兵器の反応もない。
更にを探査ロボットが大きく開いたドアからマルチコプター型ドローン侵入させて、2階の状況も確認した。
「……よし。誰もいないし、何の反応もない。本当に逃げ出したようだ」
画面の安全を確認したレオが頷くと、ベアはハンドサインを送り、後方に控えていた構成員たちにファームハウス内への突入を許可した。
「気を引き締めて行け。中に何が潜んでいるか分からんぞ」
ベアは最初にドアを潜る部下たちの背中にむけて、低く重い警告を発するのだった。
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地下5階セーフハウスのリビングルーム。
心地よい冷気が漂う静かな室内で、フィクスたちはホログラムモニターに映し出される地上のリアルタイム映像をのんびりと眺めていた。特製ドローンと集音システムが拾い上げる音声は鮮明そのもので、繰り広げられるギャングたちのささやき声まで克明にリビングへ届いている。
「……ガードロボットを制圧しても油断せず、構成員を二手に分けて周囲の警戒も怠らないね」
画面の中で、無言のまま手際よく手分けして配置につく構成員たちの動きを見て、フィクスが深く感心したように頷いた。
続けて、画面越しにレオが「空城の計かもしれない」と真剣な面持ちでベアに説明する一幕が流れる。
「『空城の計』か……なんだか悪いことをしちゃったな。僕はただ、ドアを蹴破られたくなかっただけなんだけどね」
申し訳なさそうに苦笑いするフィクスに対し、宙に浮くジェミニがニシシと悪戯っぽく笑った。
『あんたのせいよ、フィクス! あんたが変な気遣いしてドアを開け放しておくから、向こうの参謀さんが勝手に深読みして頭を悩ませてるんじゃない!』
『クウジョウのケイなんて大層な作戦だと思い込ませちゃって、罪な男ねえ』とからかうジェミニに、フィクスは「仕方ないよ、ものが無駄にこわされるのは嫌いなんだ」と肩をすくめた。
画面の中では、レオが投入した車輪型の探査ロボットが玄関から滑り込み、慎重に1階のホールやリビングの安全を確認している。さらにマルチコプター型ドローンも併用して2階もチェックする。
「探査ロボットやドローンを駆使してファームハウス内を確認する様子を見るに、最後まで一切の油断がございませんね」
アリタが静かにコーヒーカップをトレイに戻しながら、画面の中のギャングたちの手際に感嘆の声を漏らした。
「うん。かなりリスクコントロールに長けているよね」
フィクスはソファの背もたれに体を預け、感心した面持ちで画面の中のベアとレオを見つめた。
「ただの暴力集団なら、とっくに大声を出してなだれ込んでいるはずだ。これだけの自重と確認プロセスを徹底できるからこそ、この崩壊した世界で脱落せずに、これだけの集団を維持して生き残ってこられたんだろうね」
「左様でございますね。知恵と統率力と行動力が見事に機能しております」
「ますます気に入ったよ」
地上で命がけの警戒と探索を続けるギャングたちの苦労をよそに、地下5階のリビングには、どこまでも穏やかで楽しげな時間が流れていた。




