045 AIによる大失業時代のコメリカに転移
暗闇に沈む旧市街の一角。外壁の崩れかけた雑居ビルの3階では、1個のLEDランタンが粗雑に引き延ばされたコードの先でゆらゆらと揺れていた。
木板と分厚いシートで密閉された元オフィスと思われる一室。そこには先日、自動運搬車両から強奪した保存食の段ボール箱や医療品、バッテリーなどが雑然と積み上げられている。
小柄な参謀、レオ・ヴァルデス(ブレイン)は、使い古されたタブレット端末の画面に幾筋ものグラフと地図を浮かび上がらせ、パイプ椅子に深く腰掛けた巨漢、マーカス・“ベア”・ホリスに見せた。
「……果樹園のファームハウス周辺の調査結果が出たよ、ベア」
レオが抑えた声で切り出す。
「通信監視の反応と地上の暗視映像を照合したけれど、表に見える警戒設備は驚くほど手薄だ。敷地境界に警告用の小型ドローンが数台と、地上を巡回しているのは市販のガードロボットが十台程度」
「へっ……大停電とインフラ崩壊のこの時代に、膨大な食料と資材を抱え込んでおきながら、警備は玩具レベルか」
ベアは太い腕を組み、湿布の貼られた脇腹を気にすることもなく不敵に鼻で笑った。
「怯えたITワーカーと女が、運良く手に入れた物資に抱きついて震えているだけ……噂通りのようだな。それで、決行の価値はあると見ていいんだな、ブレイン」
「ああ、記録ではかなりの物資が運び込まれたのは間違いない」
「よし、決まりだ!」
ベアが重厚な体を起こし、パイプ椅子を鳴らして立ち上がった。その巨躯から放たれる圧倒的な威圧感が、暗い室内の空気を一変させる。
「おい、野郎どもを集めろ!」
ベアの太い声が響くと、扉の向こうの暗がりから、身を潜めていた若いメンバーたちが続々と部屋へと入ってきた。皆、過渡期の荒波の中で肉体労働の職を失い、飢えと暴動を生き抜いてきた面々だ。手には鉄パイプやバール、そして強奪戦で手に入れた小口径の銃器が握られている。
全員が揃うと、レオは端末を中央の空き箱の上に置き、作戦図を映し出した。
「みんな、よく聞いてくれ。次の標的は、郊外の果樹園内にある『ファームハウス』だ」
レオの澄んだ声が、静まり返った室内に響く。
「決行日は明後日、10月14日、土曜日の未明——午前3時30分とする。一番人間の意識が薄れ、地上の自動警備の巡回パターンが切り替わるタイミングだ。進入ルートは、果樹園の北側に広がる旧農道の死角を使う」
メンバーの一人が身を乗り出し、不安そうに尋ねた。
「なあブレイン、相手の防犯ロボットは本当に大したことないのか? ドローンの警報を鳴らされたら面倒だぞ」
「問題ない」
レオは迷いなくと言い切った。
「僕が通信遮断器を使って、ファームハウス周辺の警告ドローンの信号を事前にジャミングする。地上のガードロボットも、最初にこっちのロボットに盾を持たせてその火力を測る。もし盾ではじける程度の火力なら計画どおり制圧する。もし手に負えないなら撤退だ。ガードロボットを制圧してしまえば、中にいるITワーカーと女は降伏するしかない」
「聞いた通りだ!」
ベアがメンバーたちの肩を力強く叩き、勇気づけるように吼えた。
「相手は銃の撃ち方も知らないひ弱なテック野郎だ。だが、あそこには俺たちが数ヶ月……いや数年、安全に食っていける膨大な食料と物資が眠っている! この泥水すする生活にケリをつけるぞ!」
「おおっ……!」
湧き上がる低く熱い歓声。過渡期の絶望の中で生き渡ってきた男たちの瞳に、野心と奪取の炎が燃え上がった。
「各自、手持ちの火器のメンテナンスと弾薬の分配を済ませておいてくれ。明日の夜には現地付近の潜伏ポイントへ移動する」
崩壊した旧市街の暗闇の中で、フィクスたちの「箱舟」を狙う最鋭のギャングたちの計画は、着実に牙を研ぎ澄ませていた。




