秘密の城の「5S」
ミントグリーンの内壁に囲まれた快適なセーフハウスの居間に、心地よいエアコンの駆動音が静かに響いている 。次の物語世界へと旅立つ前の贅沢な停滞期、僕は愛用の人間工学仕様の本革ソファから立ち上がり、お気に入りの「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾け)」に取りかかることにした 。
「拭けば拭くほど福が来る、だからね」
そう呟きながら、まずはマホガニー調の本棚へと向かう 。地球直結のデリバリー・ラインから取り寄せた紙の書籍や、複式簿記の革表紙ファイルを一度すべて取り出し、棚の隅々に溜まったわずかなチリを丁寧に拭き上げていく 。そして、本の背表紙がミリ単位の狂いもなく一直線に揃うよう、完璧な規則性を持って並べ直した 。
居間から通路を挟んだ独立トイレやバスルームの蛇口も、鏡のように光を反射するまで徹底的に磨き上げる 。どんなに過酷な環境であっても、与えられた場所で自分たちの手で確かな生活をビルドし、美しく維持していくことこそが、僕にとって何よりの喜びなのだ 。
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「マスター、サンルームの葉の剪定と床の掃き掃除は、私が完璧に完了しております」
温室のようなサンルームから、黒いエプロン姿のアリタが歩み寄ってきた 。ジャンクヤードの底から僕が修理し、ジェミニが同期した少女型アンドロイドの彼女は、その高い労働生産性を惜しみなく発揮して、溢れる観葉植物や白い花々の手入れを済ませてくれていた 。
「ありがとう、アリタ。じゃあ僕はキッチンのデリバリー端末周りと、寝室の低反発マットレスのシーツを整えてくるよ」
『ちょっとフィクス、私のスキャン能力を舐めないでよね。ソファのクッションのわずかな傾きまで、全部私の計算通りに直してあげるんだから!』
僕の左手首のバングルから、美しく澄んだ声が響く 。カウンター席の近くには、誇らしげに胸を張る女神のホログラムが実体化し、楽しげにこちらの様子を見守っていた 。
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一通りの作業を終え、すべての道具を元の位置へと戻す 。料理の後にキッチンを荒らさないのと同様に、掃除の後に道具が散らかるような無粋な真似はしない 。
リビングに戻ると、フェイクウインドウには地球の真夏の青空と湧き上がる入道雲が映し出され、エアコンと連動した乾いた微風が部屋を通り抜けていった 。チリ一つない床、整然と並ぶ家具、そして瑞々しい緑の香りが、この「秘密の城」の快適さを極限まで高めている 。
アリタは完璧に片付いた部屋を見渡し、どこか嬉しそうに目を細めた 。
「調理場だけでなく、居住スペースの環境構築も98点です、マスター。……いえ、この完璧な整頓具合は、私の精密制御の基準に照らしても文句のつけようがありません」
プロ以上のアンドロイドである彼女にそう評され、僕は楽しそうに微笑みながら、再び最高級の座り心地を誇るソファへと深く身体を沈めた 。完璧に管理された僕たちのセーフハウスで、贅沢な時間はどこまでも穏やかに流れていく 。




