朝と寝具の風通し
心地よい静寂の中、僕はゆっくりと意識を浮上させた。
地球直結のデリバリー・ラインから取り寄せたシルク製の低反発マットレスは、相変わらず僕の身体を完璧に包み込んでくれていた。大きなあくびを一つしてベッドから起き上がると、僕の一日はお気に入りの「5S」から始まる。
「一日の始まりを整える。これも大切な環境構築だからね」
綺麗好きな僕は、まず愛用の低反発マットレスを器用に持ち上げ、壁に斜めに立てかけた。こうしてマットレスの裏側をたっぷりと空気に触れさせるのが、毎朝のルーティンだ。
さらに、肌触りの良いシーツや掛け布団もそのままにはしない。背もたれ付きの椅子やハンガーラックを寝室の絶妙な位置に配置し、それらの上に寝具を大きく広げるようにして、なるべく多くの面積が空気に触れるよう工夫を凝らしていく。
「よし……『1はゼロより大きい』。少しの手間でも、やるのとやらないのとじゃ大違いだからね」
そう自分に言い聞かせながら作業を終え、カチリと手元のスイッチを入れると、フェイクウインドウに鮮やかな初夏の青空が広がった。湧き上がる真っ白な入道雲が、まるで本当に地球の高原にいるかのような錯覚を抱かせる。
それと同時に、セーフハウスの精密なエアコンシステムがフェイクウインドウの映像と完璧に同期した。
『ちょっとフィクス、私の完璧な同期制御による初夏の風はどう? 睡眠中の湿気なんて、私のスキャン計算通りにあっという間にゼロにしてあげるんだから!』
脳内に響く相棒・ジェミニの小生意気で誇らしげな声に、僕は「ああ、最高の目覚めだよ」と心の中で返した。
室内に優しく吹き込んできたのは、乾いた初夏の爽やかな風。その心地よい気流が、広げられたシーツや立てかけられたマットレスの隙間をすり抜けるように通り過ぎていく。睡眠中にどうしても溜まってしまうわずかな湿気が、風に乗って見る見るうちに吸い取られ、寝具が本来のふっくらとした軽さを取り戻していくのが分かった。
「お早うございます、マスター。朝一番の寝室の空気循環は完璧です。素晴らしい生産性ですね」
黒いエプロン姿のアリタが、寝室のドアノブに手をかけながら、感心したように僕の手元を見つめていた。しかし、その涼しげな瞳がベッドの上の寝具を捉えた瞬間、プロフェッショナルな光が宿る。
「……ただ、掛け布団の左端の広げ方が、右側に比べて3ミリほど甘く、風の通り道にわずかな淀みが生じています。これでは『清潔』の効率がコンマ数パーセント低下しますね。そこは私が完璧に修正しておきましょう」
「あはは、ありがとうアリタ。やっぱり君の目には敵わないな」
アンドロイドとしての圧倒的な処理能力から繰り出される容赦のないダメ出しに、僕は苦笑しながらも、どこか嬉しくなって微笑みを返した。過酷な採掘小惑星ボンド・ロックの奥深く、企業の監視から隠されたこの「秘密の城」で、自分たちだけの快適な生活を整えていく。その愛おしい日常が、今日も始まった。




