038 AIによる大失業時代のコメリカに転移
2033年ある日の朝。
ファームハウスのリビングに設置された大型モニターからは、緊張感を孕んだニュース番組の声が流れていた。
マグカップを両手で包み込み、アリタが淹れてくれた浅煎りコーヒーのフルーティな香りを楽しみながら、僕はソファに腰を下ろして画面を見つめていた。
画面上部にはテロップで『GNN:モーニング・レポート』と表示されている。
メインキャスターのダニエル・ロスは、いつもの洗練された笑みを消し、神妙な面持ちで手元のタブレットに視線を落としていた。背後の巨大スクリーンには、黒煙を上げて炎上するスタイリッシュな自律走行EVタクシーと、それを遠巻きに取り囲んで歓声をあげる群衆の映像が映し出されている。
『……今朝のトップニュースです。昨日夕方から全米各地で同時多発的に発生した「反AI」暴動は、一夜明けた今も一部地域で散発的な衝突が続いています』
画面が切り替わり、サブキャスターのエライザ・ベネットが深刻な声でマイクを握る。
『カリフォルニア州ワトソンビルでは、無人配送ロジスティクスセンターのフェンスが押し破られ、興奮した群衆が敷地内に侵入。配車・配達用ドローン数十台が引きずり降ろされ、バールやハンマーで叩き壊されるという衝撃的な事態に発展しました。警察発表によると、集まったのは直近の自動化推進によって解雇された物流労働者や、生活困窮に陥った若者たちが中心とみられています』
映像が切り替わり、ヘルメットをかぶった男性が「人間の仕事を取り戻せ!」「AIに未来を渡すな!」と書かれたプラカードを掲げ、無人の自動運転トラックの足元へ火炎瓶を投げつける光景が映し出された。ガソリンの炎が夜の街を赤く染め上げ、警笛と怒号が重なり合って響き渡る。
『……まるで、19世紀初頭のイギリスで起きた機械打ち壊し運動——「ラッダイト運動」の現代版です』
ダニエルが抑え気味のトーンで解説を引き継ぐ。
『肉体労働や現場作業を代替するフィジカルAIの導入が急拡大したこの数ヶ月、街には「働きたくても逃げ場がない」失業者があふれていました。彼らの抑圧された怒りと絶望が、ついに街中を走る自動運転車や配送ロボットという「人間の仕事を奪ったシンボル」へ直接向けられた格好です。……現場の様子を、サンフランシスコ支局のレイチェル・モリス記者に伝えてもらいます。レイチェル?』
中継画面へと画面が割れる。背景には、ガラスが粉々に砕かれ、黒焦げになった無人店舗の自動改札機と、黄色い警戒テープが張り巡らされた路上で重装備の警官隊が警戒にあたる光景があった。
『はい、ダニエル。私は現在、サンフランシスコ市内の商業地区にいます。私の後ろに見えるのは、完全に無人化されていた大手スーパーマーケットです。昨夜未明、数百人規模の群衆が店舗のガラスを割って侵入し、商品棚の食料品や日用品を一瞬にして奪い去る「集団窃盗」が発生しました』
『レイチェル、警察の対応はどうなっているんだい? 防犯AIシステムや警備ロボットは機能しなかったのか?』
『警察の対応は完全に後手に回っています。防犯システムや警備ロボットは即座に警報を発したものの、興奮した群衆によってロボット自体が横転させられ、センサーを塗料で塗りつぶされて破壊されました。自治体の税収減により警察の予算や人員も削られており、こうした同時多発的な集団犯罪に対する警察機能は今、物理的な限界を迎えています。有人店舗でも安全を確保できず、本日営業を見合わせる動きが相次いでいます』
スタジオに画面が戻り、エライザが重い息を吐き出した。
『企業にとってはAI導入による効率化だったはずが、街の安全と購買力そのものを脅かすという、極めて痛烈なパラドックスが生じていますね』
『その通りです。今や単に「技術の進歩」を喜ぶフェーズは終わりました。社会のセーフティネットが追いつかないままテクノロジーだけが走った結果、私たちは今、過渡期の激しい歪みの中にいます……』
---
僕はリモコンを操作し、テレビの音量を少し落とした。
一口、コーヒーを口に含む。澄んだ酸味が口の中に広がり、緊張した気持ちを静かに解きほぐしてくれる。
「……ニュースの通り、いよいよ本格的に始まったね」
僕がぽつりと呟くと、左手首のバングルから青い光が小さく揺れ、ジェミニの声が頭の中とリビングに響いた。
『まさに予言通りのフェーズ2(第2フェーズ)突入ね。ホワイトカラーの失業で追い詰められた人たちが最後に逃げ込んだ肉体労働の現場まで、フィジカルAIとロボティクスに奪われちゃったんだから。逃げ場を失った彼らの怒りが「機械打ち壊し」に向かうのは、歴史の必然と言えるわ』
「ええ」
僕の隣で、エプロン姿のアリタが静かに深々とお辞儀をしてから言葉を重ねた。
「自治体の税収減による警察機能の低下も、想定されていた通りでございます。都市部の無人店舗や物流網が機能不全に陥れば、食料や日用品を手に入れられなくなった群衆の目は、やがて都市の外縁部……つまり、ここサクラメント郊外のような比較的物資が残っている地域へと向けられるでしょう」
「そうだね」
僕はカップをテーブルの上にそっと置いた。
「トラックのドライバーたちには『変人ITワーカーの道楽シェルター』だと思わせているけれど、外部から見れば『たっぷりと食料や物資を蓄えているひ弱なITワーカーと女の子の家』に見えるはずだ。物流が止まり、警察が動かなくなれば、真っ先に狙われるターゲットになり得る」
『でもフィクス、だからこそ私たちが地下に作っているダンジョンの設計が活きてくるんじゃない!』
ジェミニが頼もしく声を弾ませる。
『第1層の城郭迷路で侵入者を翻弄して、第2層の快適な居住エリアと食料、それに武器を見せつける。彼らは「自分たちの天国」を守るために勝手に迷路を使って防衛要員になってくれる……まさに外の世界が荒れれば荒れるほど、うちの自動防衛システムが完璧に機能するわけだからね』
「マスターの仰る通り、計画的に時間をかけて食料や物資の搬入を進めておいて正解でございました。地上で物流ブラックアウトが起きたとしても、地下4階の氷結ストレージと地下5階の水耕栽培場があれば、私たちは何年でも完全に独立して自給自足の生活を維持できます」
アリタが凛とした眼差しで僕を見つめる。
「外の混乱がどれほど深まろうと、マスターが作り上げたこの穏やかで質の高い日常は、私とジェミニが絶対にお守りいたします」
「ありがとう、二人とも」
画面の向こうで流れる炎と怒号の映像とは対照的に、僕たちのリビングには温かいコーヒーの香りと、ゆるぎない絆による静かな平和が満ちていた。外の世界が過渡期の嵐に飲み込まれようとも、僕たちの「箱舟」は静かにその扉を閉ざしつつあった。




