037 AIによる大失業時代のコメリカに転移
「よし……これでダンジョン各階層の全体設計は綺麗にまとまったね」
僕は手元のタブレットに整理した見取り図を表示し、二人に見えるように提示した。
地上には、既存のファームハウスと果樹園。その傾斜地にはカムフラージュを施した太陽光発電パネルを設置し、敷地内には警備ロボットを配置して警戒にあたらせる。そして母屋のそばには、例の『非常脱出口』に見せかけた道具小屋をひとつ建てておく。
ダンジョンへの本来の入口は、ファームハウスの地下貯蔵庫の奥に隠された重厚な扉だ。
そこから足を踏み入れる地下1階は、日本の城郭構造——虎口や狭間、大曲を組み込んだ、侵入者を翻弄・撃退するための迷路階層とする。
続く地下2階は、部分的に冷気を満たした氷結パートの食糧倉庫。それだけでなく、家具や電化製品、通信設備、さらには十分な銃火器と弾薬まで備えた『快適な居住エリア』を整備する。ここへ流れ込んできた侵入者にそのまま住み着いてもらい、彼らの欲を利用して実質的な『防衛要員』となってもらう計算だ。
この地下2階からは、地上の道具小屋へと通じる非常用脱出通路を繋げておく。そして、その道具小屋のすぐ横には地下3階へと直接繋がる入口を配置し、普段は大人が二人掛かりでようやく動かせるような重い岩で厳重に塞いでおく。
地下3階は、地下1階と同様の迷路階層だ。ここには僕が手持ちの市販の素体を改造・強化した防衛用セキュリティロボットを配置し、万が一の侵入に備える。時間とマナに余裕があれば、ここからさらに下に迎撃階層を増やしていけばいい。
そして地下4階には、長期保存用の大量の食料や物資を保管する本格的な氷結層。
最深部となる地下5階こそが、僕たち3人の方舟『セーフハウス』だ。溶岩パートを熱源とした自家発電設備と、水耕栽培の野菜畑を設ける。
なお、僕たち3人の地上とダンジョン各階層間の移動については、物理的経路を辿る必要はない。僕が保有するマナを使用し、ジェミニが制御する『転移陣』により目的の階層へと行き来できるからだ。
「完璧な構成ですね、マスター。地上からの物理的な攻略を極めて困難にしつつ、自立型の防衛メカニズムが見事に組み込まれています」
アリタが感心したように細い指先を顎に当て、静かに頷いた。
『ふふん、これなら魔法のトラップや魔物召喚がプロテクトで使えなくても、文句の付けようがない要塞になるわね!』
ジェミニの誇らしげな声で言う。
「さて、全体像が決まったところで、足元の作業を進めようか」
現在、僕たちは地下1階の掘削と拡張を無事に終え、続く地下2階の掘削作業へと着手しているところだった。
それと並行して行っているのが、これから先の長い過渡期を生き抜くための大規模な食料や生活物資の搬入作業だ。掘削自体はマナの力で音もなくスムーズに進んでいるものの、買い揃える物資の量は膨大を極める。
まだ迷路の壁を組み込む前の広々とした地下1階は、現在、仮設の巨大倉庫として所狭しと物資のコンテナや箱が積み上げられていた。地下2階以降の掘削と設備工事が進めば、これらの物資は順次、下の階層のストレージへと移動させる予定だ。
「今日もサクラメントからかなりの量の缶詰と乾燥野菜、それに医療品が届いたよ」
僕が積み上がったダンボールの山を見上げる。
「一気に買い込むと怪しまれるから計画的に分散して購入・搬入を続けているけれど……それでも連日トラックで荷物を運び込んでくるドライバーたちには、『一体この農園で何が始まるんだ?』と怪しまれているだろうね」
僕が苦笑いを浮かべると、アリタが静かに首を振った。
「ご安心ください、マスター。外部に対しては『自給自足型ITワーカーによる、長期的なデータセンター兼備蓄農園の開設』という名目で通しております。昨今の社会不安や物価高もあり、富裕層やテック系の人間が個人シェルターを作る例は珍しくありませんから、ドライバーたちも変人IT長者の道楽程度にしか思っておりません」
『そうよフィクス! むしろコメリカのこのご時世、怪しまれるくらい厳重に買い込んでいる方が「賢いテック野郎」として納得されるくらいなんだから!』
「そうだね。それでもここにはたっぷりと物資が蓄積されていて、ひ弱なITワーカーと女の子が住んでいるというのは知られているね」
僕がそう言うと、アリタとジェミニは顔を見合わせ、頼もしい笑みを浮かべた。
外の世界で刻一刻と迫るK字型経済の破綻と治安の悪化。その嵐が訪れる前に、僕たちの「箱舟」は着々と、そして着実にその容積を広げていた。




