036 AIによる大失業時代のコメリカに転移
大きな調理台の上には、買ってきたばかりの食材が整然と並べられていた 。
艶やかなサクラマスの切り身、丸々と太ったアサリ、みずみずしい大根と長ネギ、大粒の納豆、引き締まった木綿豆腐、そして出汁用の昆布と上質な白味噌 。
「壮観だね。アメリカの郊外に居ながら、これだけの和食材が揃うんだからありがたいよ」
僕が感慨深げに眺めていると、エプロンを身につけたアリタが、完璧に手入れされた包丁をまな板の上に用意しながら言った 。
「はい。これだけの食材があれば、完璧な夕食をご用意できます。マスター、本日の献立は『サクラマスの西京焼き』をメインに、『アサリと長ネギの具だくさん味噌汁』、それに『大根と豆腐のほっこり煮物』はいかがでしょうか?」
「素晴らしいね! 聞いているだけでお腹が鳴りそうだ。よし、僕も下ごしらえを手伝うよ」
『あー! いいなー! 私もホログラムを実体化させて、匂いだけでも存分に味わわせてもらうんだから!』
バングルから弾け出たジェミニのホログラムが、キッチンの隅で満足そうに胸を張った 。
「じゃあアリタ、僕は大根の皮むきと切り込みを担当するよ。厚めに剥いて角を落とせばいいかい?」
「ありがとうございます、マスター。では私はサクラマスの水気を拭き、白味噌とみりん、酒をあわせた特製の西京味噌に漬け込む準備をいたします」
手際よく動くアリタの横で、僕も包丁を握る。綺麗好きで調理後の後片付けまで徹底する僕の手つきは慣れたものだが、アリタの無駄のない洗練された所作はやはりプロの領域だ 。大根の面取りの角度についてアリタから「マスター、もう少しだけ角を滑らかに削ぐと、煮崩れずに出汁が芯まで染み込みやすくなります」と静かにアドバイスを受け、「なるほど、心得たよ」と苦笑しながら修正する 。そんなやり取りさえも心地よい。
鍋からは、昆布とアサリが奏でる上品で濃厚な出汁の香りが立ち上り始めた。西京味噌に塗られたサクラマスがグリルの中で香ばしく焼き上がり、甘やかな味噌の焦げる匂いがキッチン全体を満たしていく。
『ん〜〜っ! データベースの香気データ通りの完璧な出汁の香り! アリタの火加減と出汁引きの技術、相変わらず冴えてるわね!』
ホログラムのジェミニが鼻を鳴らすような仕草で、うっとりと湯気を眺めている 。
手際よく仕上げられた料理が、次々と美しい小鉢や器へと盛り付けられていった。
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木製のダイニングテーブルの上に、出来立ての料理が並べられていく。
黄金色にこんがりと焼き色のついた『サクラマスの西京焼き』。ふっくらとした身からは旨味の詰まった脂が滲み出ている。
あふれんばかりのアサリと甘みを含んだ長ネギがたっぷりと入った『具だくさん味噌汁』からは、あたたかな湯気が立ち上っていた。
そして、じっくりと出汁を吸い込んで琥珀色に染まった大根と、味が染みた木綿豆腐の『ほっこり煮物』。
「さあ、冷めないうちにいただこうか」
僕が声をかけると、アリタも静かに着席し、実体化したジェミニも満足げに席についた 。
「「いただきます」」
箸をつけ、まずはサクラマスの西京焼きを口に運ぶ。パリッと香ばしい皮目と、しっとりとした身の旨味、そして西京味噌の上品な甘みが口いっぱいに広がった。すかさず温かいご飯を追いかけると、至福の味が口内を支配する。
「ううん……完璧な焼き加減だ。味噌の甘みと魚の脂が絶妙にマッチしているよ」
「お気に召していただけて光栄です、マスター。アサリの出汁が出たお味噌汁もどうぞ」
アリタに促され、お椀に口をつける。アサリの濃厚なウマ成分と長ネギのシャキシャキとした食感、そして和風出汁のやさしい味わいが喉を通って胃に染み渡っていく。
『ふはぁ〜……! 視覚と香気センサーのデータだけでも十分に脳内幸福物質が出るわね! アメリカの激しい物価高や治安悪化の喧騒が嘘みたいに平和な味だわ』
ジェミニが嬉しそうに声を弾ませる。
「本当にそうだね。外の世界では格安スーパーの鍵付きケースや集団窃盗のニュースが飛び交っているけれど、こうして落ち着いた日系スーパーで質の良い食材を手に入れ、自分たちの手で美味しい夕食を作って食べられる……これ以上の贅沢はないよ」
「ええ。マスターが整えてくださるこの穏やかな日常と空間を守るためなら、私たちはどのような準備も惜しみません」
大根の煮物を口に含んだアリタが、静かだが強い意志の込もった瞳で僕を見つめた。しっかりと味が染みた大根は口の中でとろけるように解けていく。
地下ダンジョンの冷徹な防衛計画と、地上で進む社会の混迷 。そうした緊張感から解放された一瞬の静寂の中、湯気の立つ食卓を囲む3人の時間は、あたたかく穏やかに流れていった。




