030 AIによる大失業時代のコメリカに転移
果樹園の傾斜地では、地元の専門業者による独立電源の太陽光発電パネルの設置工事が着々と進められていた 。
外部や上空からの視線を意識し、パネルには光の反射を格段に抑える防眩仕様のガラスを採用 。フレームや背景基板、架台に至るまで濃紺や黒色の低彩度塗料で統一し、山肌や果樹の影と同化させている 。さらに、山の自然な斜面に沿わせて高さを極力低く抑え、周囲の自生樹木によるグリーンベルトで遮蔽する徹底した配慮を施させた 。表向きは「環境に配慮した自給自足型ITワーカーの農園」そのものだ 。
そうした地上でのカムフラージュ工事と並行して、僕たちはファームハウスの地下貯蔵庫の奥から、サイレント施工による地下1階の拡張作業を進めていた 。
掘削自体はマナの力によって音も振動もなく順調に進み、無機質な岩肌のダンジョン空間が少しずつ広がっていったが——その時だった。
『……ちょっと待って、マスター。何かおかしいわ』
僕の手首のバングルからふわりと飛び出したジェミニが、珍しく困惑した表情で青いホログラムの眉をひそめた。
『迷路階層には、侵入者を撃退するための物理トラップや魔法ギミック、それに階層を防衛するための魔物を召喚して配置する予定だったわよね?』
「ああ、そのはずだね。初期の第1期工事として、安全柵や誘導トラップの基盤を組み込む計画だったけれど……何か問題でも?」
『……それが、できないのよ。なぜだか分からないけれど、この空間にトラップを設置しようとしても回路が拒絶されるし、魔物の召喚術式を起動してもマナが霧散して全く反応しないの!』
ジェミニは空中を旋回しながら、自身の知識データベースを高速で検索するように両手をこめかみに当てた。
『元ダンジョンコアとしての私の権限も、マスターの豊富なマナも完璧に繋がっているはずなのに……まるで「この世界ではそのルールの適用を許可しない」って強力なプロテクトがかかっているみたいなのよ!』
二人のやり取りを静かに見守っていたアリタが、壁際の暗がりから静かな足取りで進み出た。
「マスター。この不可解な事象……あの『この市内での転居であれば許可する』と記されていた、謎のメモを置いた誰かの仕業かもしれませんね」
アリタの淡々とした分析に、室内の空気が緊張でわずかに張りつめた。
この世界のシステム、あるいは僕たちの行動をどこか上空から観察しているような「あの存在」が、ダンジョンの機能に直接制限をかけてきたのだとすれば合点が行く。
「……なるほどね」
僕は顎に手を当て、掘削されたばかりの地下1階の壁面を見つめた。
「『箱舟』としての空間拡張は許されても、殺傷性の高いトラップや魔物といった『あからさまなダンジョン機能』を現実世界に生み出すことは、あのメモの主にとって不都合なんだろう。……いいよ、ジェミニ、アリタ」
僕はポケットから手を出し、二人に向かって不敵に、だが落ち着いた笑みを浮かべてみせた。
「計画を変更しないといけないね。物理的な魔物や魔法トラップが使えないなら、それに頼らない『別の防衛スキーム』と『空間利用』を考えよう。少し考えてみるよ」
「畏まりました、マスター。代替案の検証データを用意いたします」
『むー……悔しいけれど、マスターがそう言うなら切り替えるわ! 私たちの知性を甘く見ないでほしいわね!』
謎の制限という壁に突き当たりながらも、僕たちの「箱舟」を巡る密やかな思考と思惑は、さらに深く研ぎ澄まされていくのだった。




