027 AIによる大失業時代のコメリカに転移
2029年10月
シエラネバダの山麓を彩る果樹園の木々が赤や黄にほんのりと色づき始めた頃、僕たちは新しく生まれ変わった拠点へと正式に足を踏み入れた。
澄み渡る秋の青空の下、ガレージに横付けされたのは、荒れた泥道や旧道も力強く踏破できるマットブラックの新型四輪駆動車(4WD)だ。
「……うん、素晴らしい出来栄えだね。あのガラクタの山が嘘のようだ」
僕は新調された玄関ドアを開け、広々としたホールを見渡しながら満足げに息を吐いた。
この3ヶ月間、僕たちは表向きの「農家のリノベーション」として地元の業者や専門の職人を整然と手配した。
長年雨風に晒されていた屋根は全面点検を施し、危険な箇所は堅牢な新しい屋根材へと葺き替えを完了。10年分の埃と傷みに埋もれていた内装は壁紙から床板に至るまで綺麗に修復され、シックで温かみのある木目調の空間へと見違えている。
水回りも全面改修し、キッチンやバスルームには最新の節水・自動給湯システムを導入。さらに、僕の完全リモートワークとジェミニの超高度通信を支えるため、光回線の引き込みと大容量の暗号化衛星通信アンテナを屋根裏に秘匿配置した。
「マスター、修復を依頼していたオーク材の大型ダイニングテーブルの設置も完了しております」
エプロン姿のアリタが静かな足取りでダイニングから現れ、丁寧に一礼した。
「職人の手によって長年の汚れが削り落とされ、深みのあるオイルフィニッシュで仕上げられております。ガラクタ類はすべて専門業者を通じて適正に処分いたしました」
ダイニングに目を向けると、かつて錆びた缶や埃に覆われていた重厚なオーク材のテーブルが、渋い光沢を放ちながら鎮座していた。その上には、アリタが淹れてくれた香ばしい浅煎りコーヒーのカップが、秋の柔らかな日差しを浴びて湯気を立てている。
『ふふん! 外観の素朴で伝統的なファームハウスの佇まいは完璧に維持しつつ、内部は極上の快適性と最新の通信環境を備えた最高の隠れ家になったわね!』
僕の左手首のバングルから飛び出したジェミニが、青いホログラムの姿でダイニングの吹き抜けをふわりと旋回した。
『表向きは「都会を離れて静かな果樹園でリモートワークを楽しむITワーカー」……カモフラージュとしては100点満点よ。これならあの「謎のメモ」の主にも、怪しまれる隙なんて一切ないわ!』
「ああ。車も悪路走破性の高い4WDに買い替えたし、これで日々の買い出しや機動性の確保も万全だ」
僕はコーヒーカップを持ち上げ、芳醇な香りを愉しみながら一口含んだ。澄んだ酸味が口いっぱいに広がり、新生活への確かな手応えが胸を満たしていく。
「表側の改修と引越しはこれで完璧だ。さて……アリタ、ジェミニ。明日からは地下貯蔵庫の奥、僕たちの本当の『箱舟』づくりに向けたサイレント施工の計画を詰めようか」
「かしこまりました、マスター。安全かつ秘匿性の高い地下拡張スキームの準備は整っております」
「任せて! 私たちの知性とマスターのマナがあれば、地下にどんな要塞だって作ってみせるわ!」
秋の爽やかな風が果樹園の枝々を揺らし、新しく生まれ変わったファームハウスの窓を心地よく叩いていた。僕たちの新たな暮らしと、密やかな未来への挑戦が、ここから静かに始まるのだ。




