026 AIによる大失業時代のコメリカに転移
重々しい木製の玄関ドアを開けると、乾いた木材と永い歳月が醸し出す特有の古い匂いが、すっと鼻腔をくすぐった。
およそ十年間、人の出入りが途絶えていた空間だ。窓から差し込む斜光線の中に、僕たちの足踏みによって巻き上げられた細かな塵が、金色の粒子となって静かに舞い踊っている。
「……なるほど。放置されていた年数を考えれば、保存状態は悪くないね」
僕が足元に注意しながら玄関ホールへ一歩踏み込むと、踏み板が短くギィと心地よい音を立てた。
玄関から真っ直ぐ伸びる廊下の先には、かつての住人たちの生活の痕跡がそのまま取り残されていた。
1階の間取りは、アメリカの伝統的なファームハウスそのものだ。玄関を入って左手には広々としたリビングルーム、右手には大きなダイニングエリアとそれに続くキッチン。奥には作業着の泥を落とすためのユーティリティルームと、地下貯蔵庫へと続く重厚な木製の跳ね上げ扉が見える。
「埃の堆積層から推測するに、最後の住人が立ち去ってから正確には九年十ヶ月が経過しております」
アリタがいつものように乱れのない足取りで後に続き、白手袋の指先で壁面の古い手すりをそっと撫でた。
「しかし、雨漏りの痕跡や柱の腐食は一切検知されません。北米産の極めて強固な古材が、建物全体の構造を完全に支え続けております」
「契約時にオームインスペクションは入れているけれど、アリタがそう言ってくれるなら安心だね」
リビングに足を踏み入れれば、中央に鎮座する大谷石の暖炉と、天井を突っ切る圧巻の太さのレッドウッドの梁が目を引いた。長年の乾燥によって強度を増した木肌は、黒ぐろとした深みのある光沢を放っている。
だが、部屋の至る所には、打ち捨てられた「生活の遺物」が無造作に転がっていた。
使い古された革張りソファは表面がひび割れ、中の綿がわずかに覗いている。その脇には、10年前の新聞や擦り切れた農作業用雑誌の束、埃を被った真鍮製のランプ、そして使い道も分からない古い農具のパーツや木箱といったガラクタが山積みになっていた。
ダイニングに置かれた重厚なオーク材の大型テーブルの上にも、錆びついた空き缶や古びた食器がそのまま取り残されている。
『うーん、外観の風格に比べると、中は見事なガラクタの山ね!』
僕の左手首のバングルから飛び出したジェミニが、青いホログラムの姿で室内をふわりと旋回し、2階へと続く吹き抜けの階段を見上げた。
『でも、間取りは完璧じゃない! 2階には主寝室を含めて広めの部屋が3つに独立したバスルーム。1階のこの大空間と地下の貯蔵庫を合わせれば、私たちのサイレント施工の拠点として申し分ないキャパシティよ!』
「ああ、内装の古家具やガラクタを片付けて、床板を磨き直せば見違えるはずだ。何より、この太い骨組みと頑丈な天井裏なら、アリタとジェミニの資材や機材を隠し込むのも容易そうだね」
僕はポケットに手を突っ込み、室内をぐるりと見渡しながら不敵かつ爽やかに微笑んだ。
「さて……まずはこの10年分の埃とガラクタの整理から始めようか。僕たちの新しい『箱舟』づくり、最初の作業だ」
「畏まりました、マスター。直ちに清掃および不用品の分別スキームを開始いたします」
アリタが静かに深々と頭を下げ、ジェミニが楽しそうに宙で拍手を鳴らした。古い木造ファームハウスの中に、静かだが確実な新生活の息吹が満ち始めていた。




