025 AIによる大失業時代のコメリカに転移
2029年7月
不動産の仲介業者が乗った車が未舗装の細いアプローチ路を走り去り、立ち上っていた砂塵がゆっくりと夏空へ消えていくと、周囲には風が葉を揺らす豊かな羽音のような静寂だけが残された。
「……これで、本当に僕たちの場所になったわけだね」
僕は深呼吸をし、胸いっぱいにカリフォルニアの夏の空気を吸い込んだ。
7月のサクラメント郊外、シエラネバダの山麓へと続くアップル・ヒルの丘陵地帯は、カリフォルニアらしいカラリとした眩しい太陽の光に包まれていた。強い日差しとは裏腹に、湿度の低い爽やかな風が肌をくすぐり、木々の葉を揺らして心地よい日陰を作り出している。
目の前にそびえるファームハウスは、長年の年月を経て風雨に晒されてきた味わい深い外観を見せていた。しかし、張り出した大きな屋根や骨組みを支えるビームには驚くほど太く重厚な木材が使われており、築年数を感じさせない圧倒的ながっしりとした力強さを漂わせている。
「外見は古めかしいけれど、土台と骨組みは実に質実剛健だ。内装や床板に少し手を入れれば、見違えるように居心地の良い家になるよ」
「左様でございますね、マスター」
僕の隣で、アリタが洗練された動作で日傘を少し傾け、建物全体を落ち着いた眼差しで見上げた。
「主要な構造材には極めて密度の高い良質なアメリカン・レッドウッドが使用されております。歪みも極めて少なく、内部の基礎工事や補強、防音・電波遮断処理を施す基盤として、これ以上なく強固な構造体でございます」
『ふふん! 外側はどこからどう見ても歴史あるのどかな農家そのもの! でも内部は私たちの手で最新鋭の快適空間に生まれ変わらせる……完璧なカモフラージュじゃない!』
手首のバングルからふわりと飛び出したジェミニが、青いホログラムの姿で夏の強い日差しを透かしながら、嬉しそうに胸を張った。
ジェミニが指差し、見渡す限りの視界に広がっているのは、青々と深い緑の葉を茂らせた果樹園の美しい風景だ。7月のこの時期、枝々には小ぶりながらも生命力に満ちた緑色の果実——秋の収穫に向けて着実に膨らみつつある青リンゴやプラムたちが、夏の日光を浴びてキラキラと輝いていた。
「街の喧騒からも程よく離れているし、この周囲を埋め尽くす豊かな果樹の樹々が、外部からの視線や人の気配を自然に遮ってくれる。僕たちの新しい拠点(箱舟)として、申し分ない環境だよ」
僕はポケットから真新しいファームハウスの重厚な鍵を取り出し、掌の上で軽く転がした。
「よし……それじゃあ、まずは家の中に入って間取りを確認しよう。僕たちの新しい生活と、極秘の改修計画の第一歩だ」
冷めない高揚感を胸に抱きながら、僕は二人を伴って、重厚な木製の玄関ドアへと歩みを進めた。




