024 AIによる大失業時代のコメリカに転移
リビングのテーブルの中央、白いコースターのすぐ脇に置かれた一枚の紙切れ。そこに記された『今の場所から移動してはいけません。この市内での転居であれば許可します』という無機質な指示を前に、しばらく沈黙が流れた。
「シャスタ山への移転は一件落着……とはいかないようだね」
「メモの指示に従うならば、行政区画としてのサクラメント市域内、あるいは市が管轄・隣接する緩域に留まる必要があります。そのうえで、将来的な自給自足と防御能力を高められる拠点となります」
『だったら、北東のサクラメント郊外——エルドラド郡のアップルヒル(Apple Hill)周辺はどうかしら!』
ジェミニが空中を泳ぐように移動し、シエラネバダ山脈の裾野にあたるプラサービルやカミーノ付近の立体
地形図を広げた。
『ここなら、サンフランシスコからI-80やUS-50を使えば車でちょうど2時間前後。ローズビルやエルドラドヒルズといった新興住宅街の利便性を享受しつつ、少し山側に移動するだけで見渡す限りのりんごや桃、果樹園が広がる農園地帯になるのよ!』
僕たちはジェミニが提示した物件データに目を通した。
「なるほど……。この一帯は標高が高く、夏場でもサクラメント盆地ほどの猛暑にはならない。何より、古くから続く家族経営の果樹園が点在しているから、周囲の目を引かずに『広大な果樹園の中に佇む木造のカントリーハウス』を手に入れられるね」
「素晴らしい選択です、マスター」
アリタが淡々と評価を加える。
「エルドラド郡のこの一帯は、豊富な地下水脈と自家発電を組み込める日照条件が整っております。さらに、主要幹線道路から一本奥に入った果樹園の敷地内であれば、高精度の防犯センサーや自律型ドローンの配置を覆い隠すのに最適な樹木の配置となっております。都市部で混乱が生じた際も、山間部へ逃れるルートとサクラメント方面への退路が確保できます」
『でしょう?』と、ジェミニが得意げに胸を張る。
『それにね、このカントリーハウスの敷地には古いリンゴとプラムの樹が何十本も植わっているの! 表向きは「静かな田舎で農園を営む悠々自適な生活」を装いながら、地下や奥の作業小屋には最新のAIサーバーと自給自足用インフラを極密に組み込めるわ』
「表の顔は、果樹園に囲まれた素朴で静かなカントリーハウス。そして裏の顔は、来たるべき社会の大麻痺(第3フェーズ)を生き延びるための僕たちの『箱舟』……申し分ないね」
僕は画面に映る、緑豊かな丘陵地帯にポツンと佇む赤い屋根のファームハウスの写真を見つめ、静かに頷いた。
「仕方がない、今まで出した条件を満たすことはできないが、サクラメント郊外、エルドラドの果樹園の中に、僕たちの新しい拠点を築こう」




