023 AIによる大失業時代のコメリカに転移
翌朝。
朝の光がリビングの窓から差し込む中、僕は目覚まし時計よりも早く目を覚まし、ベッドから起き上がった。昨夜決まったばかりの「シャスタ山南麓への箱舟建設計画」と土地買収、そしてリモートワーク契約の変更交渉——完璧なプランを実行に移すのだという高揚感が、全身を心地よく満たしていた。
リビングへ向かうと、すでにアリタがいつものように整えられた仕草で、淹れたてのコーヒーを用意して待っていた。
「おはよう、アリタ。今日からいよいよ本格始動だね」
「おはようございます、マスター。最高の朝でございますね」
「ふふん! 土地の買収スキームも、出社交渉の完璧なロジックも準備完了よ!」
僕のバングルから飛び出したジェミニも、宙でくるりと一回転して準備万端といった様子で胸を張る。
「よし、まずは——」
僕が勢いよくリビングのダイニングテーブルに近付いた、その時だった。
テーブルの中央、いつもなら何もないはずの白磁のコースターの脇に、一枚のシンプルな白い紙切れが置かれているのが目に入った。
「……ん? これは何だい?」
アリタが淹れてくれたコーヒーカップのすぐ隣に、ポツンと残されたメモ用紙。
僕が指先でそれを拾い上げると、ジェミニとアリタも「おや?」という顔で覗き込んできた。
そこには、手書き風の無機質で簡潔な文字で、こう記されていた。
> **今の場所から移動してはいけません。**
> **この市内での転居であれば許可します。**
「……え?」
僕の口から、呆然とした声が漏れた。
僕たちが住んでいるのは、サンフランシスコ市に隣接する小さな郊外都市のアパートだ。シャスタ山の深い原生林へ拠点を移そうと意気込んでいた矢先に投げ込まれた、あまりにも直接的で、そして決定的な制限。
「……移動してはいけない……? 市内での転居なら許可する……?」
言葉の意味を噛み締めようと呟くが、頭が追いつかない。
僕と、空中に浮かぶジェミニ、そして静かに控えていたアリタの三人は、思わず互いに顔を見合わせた。
「……ジェミニ、アリタ。昨日の夜から今朝にかけて、誰かがこの部屋に侵入した形跡はあるかい……?」
僕が問いかけると、ジェミニの表情が一変し、ホログラムの体が緊張で青く鋭い光を帯びた。
『あり得ないわ……! この部屋のセキュリティシステムはもちろん、私の広域監視ログにも一切の侵入反応はないのよ!?』
アリタも静かに、しかしその瞳の奧に深い警戒の色を宿しながら頭を振った。
「アリタの物理センサーおよび扉や窓の封印ログにも、異常は検知されておりません。……ですが、現実にこのメモがテーブルの上に存在しております」
シャスタ山への移転という「完璧な計画」を立てた、まさにその翌朝。
まるで僕たちの会話をどこかで盗み聞きしていたかのように置かれたメモの存在に、リビングの爽やかな空気は一瞬にして緊張感へと塗り替えられていくのだった。




