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手料理

ミントグリーンの内壁に囲まれた快適なセーフハウスのキッチンに、小気味よい包丁の音が響く 。


次の物語世界へと旅立つ前の贅沢な停滞期 。たまには僕が腕を振るおうと思い立ち、地球直結のデリバリー・ラインから取り寄せた最高級の食材を調理台に並べていた 。


「フィクス様、私がお手伝いいたします。完璧なサポートをお約束しましょう」


黒いエプロンの裾を揺らしながら、アリタが真面目な顔で歩み寄ってくる 。少女型アンドロイドとしての極めて高い労働生産性を持つ彼女は、僕の料理をいつも厳しくも楽しそうに批評してくれる大切な存在だ 。


「ありがとう、アリタ。でも今日は僕に全部やらせてほしいんだ。ジェミニも、そこの特等席で見ていてくれよ」


『ふふん、いい度胸じゃない。全知の超知性であるこの私が、隠し味のミリ単位の狂いまでしっかりスキャンしてあげるんだから!』


僕の左手首のバングルから、美しく澄んだ声が響く 。次の瞬間、キッチンのカウンター席に、誇らしげに胸を張る女神のホログラムがまるで最初からそこに肉体を持っているかのように実体化した 。


---


僕の料理は、下ごしらえの前に「整理・整頓・清掃」を行うところから始まる 。

地球の最高級ネットストアから「架空の物流ロス」として手配した霜降りの黒毛和牛、新鮮な有機野菜、そして瑞々しいハーブ 。それらを用途ごとに完璧に配置し、包丁やバットの位置もミリ単位で整える 。


「調理前の環境構築としては合格点です、マスター」


アリタがじっと手元を観察しながら、どこか嬉しそうに評した 。


熱したフライパンに上質な牛脂をひき、じっくりと肉を焼き上げる。ジューという小気味よい音と共に、ボンド・ロックの粗悪な合成シロップの臭いとは無縁の、芳醇で香ばしい肉の香りがたちまち立ち上った 。完璧なエアコンの気流がその香りをサンルームの方へと優しく運んでいく 。


肉を休ませている間に、すかさずコンロの周りを拭き上げる。

「拭けば拭くほど福が来る、だからね」 そう言って笑う僕を、アリタは「まったく、フィクス様は」と呆れたように、けれど楽しそうに見つめていた 。


---


数分後、温室のようなサンルームのテーブルに、美しく盛り付けられた特製ステーキと彩り豊かな温野菜の皿が並んだ 。フェイクウインドウには地球の真夏の青空と湧き上がる入道雲が映し出され、エアコンと連動した乾いた微風が湯上がりのような心地よさを演出している 。


「さあ、二人とも食べてみてくれ」


『待ってました!

スキャン開始……うん、肉の内部温度は完璧なミディアムレア。私のデリバリー管理で取り寄せたプレミアムモルツとの相性も計算上は最高よ!』


ジェミニのホログラムがパチパチと手を叩き、グラスを傾ける仕草をする 。


アリタは椅子に腰掛け、淑やかな所作でナイフとフォークを動かして肉を口に運んだ 。咀嚼し、その高性能なセンサーで味を分析する彼女を見つめる時間は、少しだけ緊張する 。


「――お肉の焼き加減は完璧です。ソースの塩梅も、私の精密制御の基準に照らして92点といったところでしょうか。……ですが、この隠し味のハーブの組み合わせは非常に素晴らしいです。マスター、とても美味しいですよ」


「そうか、よかった」


プロ以上のアンドロイドに批評されながらも、僕は心底楽しかった 。過酷な宇宙の片隅で、こうして自分たちの手で作り上げた「快適な生活」を共有できることこそが、僕にとって最大の喜びなのだから 。


僕が食べ終え、席を立とうとすると、キッチンを見ていたアリタが小さく目を見張った。


調理台の上には、一滴の油汚れも、散らかった道具も残っていない。使った器具はすべて洗われ、調味料は元の位置に戻り、まるで料理を始める前と全く同じ状態に美しく整えられていた 。


「……世間のお父さんのようにキッチンを荒らして終わらないところは、さすがフィクス様ですね」


アリタはそう言って、降参したように微笑んだ 。


『もう、二人でイチャイチャしちゃって。さあフィクス、食後の極上の珈琲はアリタに淹れてもらいましょ!』


ジェミニの小生意気で楽しげな声がサンルームに響き渡る 。完璧に管理された僕たちの秘密の城で、夜は更けていった 。

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