6月び猛暑(カニキュル)のパリに転移12
元日本人の感覚で、簡単にみんなスポットクーラーを設置すれば、なんていえないね。
「エアコンが標準装備された近代的な日本のマンションの感覚のままでいたら、この都市の裏に潜むインフラの地雷を踏み抜くところだった。有毒ガスの逆流に、建物全体の電力網の崩壊か……」
僕は冷たいジュースが入ったグラスを傾けながら、テレビのニュースに目を戻した。画面の中では、相変わらずカニキュルの警戒を呼びかけるテロップが虚しく流れている。
「日本では『暑ければエアコンをつければいい』という単純な引き算で済む話だけど、ここではそうはいかない。インフラそのものが骨董品なんだから、個人の良かれと思った選択が、コミュニティ全体の致命的なシステムエラーを引き起こす引き金になりかねないんだね。政治家が及び腰になるのも、ある意味ではその脆弱性を知っているからなのかもしれないな」
『そういうこと!』
ジェミニがベッドの上でパッと両手を広げ、ホログラムの光を弾ませた。
『エアコン大国から来た人間には信じられないかもしれないけど、歴史を守ることと、最新の生命維持を両立させるのは、この都市のコードだと本当に難解なのよ。だからこそ、私たちが力技で構築したこの「ポータブル電源+精密密閉+逆止弁スリット」の組み合わせが、どれだけエレガントな最適解かってこと!』
「はい、マスター。私たちは運に依存した存在ではありません。与えられた限られたリソースの中で、最悪のシナリオをすべて想定し、それを回避する回路を構築いたしました。ですから、マスターがこの空間で快適に過ごされることは、論理的な必然でございます」
アリタがいつものように淡々と、しかしどこか誇らしげに胸を張る。その生真面目な瞳には、完璧な家事と環境管理をやり遂げたアンドロイドとしての確固たる自負が宿っていた。
僕は深く息を吐き出し、背中をクッションに預けた。窓の外は相変わらず40℃近い灼熱の世界で、古い建物たちが熱を抱えて悲鳴を上げているはずだ。しかし、厚手のタオルで隙間を埋めたドアの向こう側の世界は、今の僕たちには関係のないことだった。
除湿機が湿気を完璧に吸い尽くし、2台の扇風機が作り出す高原のような25℃の心地よい乾いた微風が、アリタの描いた美しいパリの青空の騙し絵を優しく揺らしている。
「ありがとう、二人とも。本当に頼りになるよ」
僕が笑ってそう言うと、ジェミニは嬉しそうにバングルの光を明滅させ、アリタは静かに頭を下げた。不条理な世界に突然放り込まれた僕たちのサバイバルは、二人の圧倒的な知性と僕の機材アセットによって、これ以上ないほどクリーンで贅沢な「引きこもり城」の完成という形で、完全に勝利を収めたのだった。




