焼きそば
「アリタ焼きそばを作って。」
「かしこまりました、マスター 。すぐに美味しい焼きそばをご用意いたしますね」
アリタは丁寧に一礼すると、ミントグリーンの内壁に囲まれた居間から、デリバリー・ラインが直結したキッチンへと軽やかな足取りで向かった 。
このセーフハウスの調理場には、地球本国の最高級ネットストアからジェミニが「架空の物流ロス」として手配した、新鮮な食材がいつでも豊富に揃っている 。アリタは冷蔵庫から、厳選された豚バラ肉、シャキシャキとしたキャベツ、そして程よく水分を含んだ特製の蒸し麺を取り出した。
鉄板に火が入れられ、熱が均一に回る。まずは豚肉をじっくりと炒め、にじみ出た上質な脂でキャベツを強火で手際よく煽っていく。小惑星帯の劣悪な合成シロップの臭いとは無縁の、香ばしいソースの香りがたちまちキッチンからサンルームの方まで広がり、セーフハウス内の完璧なエアコンの気流に乗って部屋中を満たしていった 。
麺の焼き加減、ソースの煮詰まり具合、そのすべてをアリタは持ち前の高い労働生産性と精密な制御で完璧に見極める 。
数分と経たずに、湯気を立てる色鮮やかな焼きそばが、美しく磨き上げられた磁器の皿に盛り付けられた。青のりと紅ショウガが完璧なバランスで添えられている。
「マスター、お待たせいたしました。特製ソースの焼きそばでございます」
人間工学仕様の高級本革ソファに座る僕の前へ、アリタは一滴のソースの飛び跳ねもなく、完璧な所作で皿を給仕した 。
「冷たいプレミアムモルツもご一緒にお持ちいたしましょうか?」
「焼きそば美味しかった。 焼きそばとビールは最高だ。」
「それは何よりでございます、マスター。喜んでいただけて、私もお作りした甲斐がございました」
アリタは嬉しそうに目を細め、空になった磁器の皿を完璧な所作で片付けた 。
湯上がりの肌に、エアコンから吹き出す夏の日の午後のような乾いた微風が心地よく通り抜けていく 。フェイクウインドウに映し出された地球の真夏の青空と湧き上がる入道雲は、まるで僕たちが本当にどこかのリゾート地にいるかのような開放感を味わせてくれていた 。
『ちょっとフィクス、お風呂上がりに冷えたプレミアムモルツと特製焼きそばのコンボなんて、完全にこの秘密の城を満喫しきってるじゃない!』
左手首のバングルから、ジェミニが呆れたような、でもどこか楽しげな声を脳内に響かせる 。
「本当にそうだな。ボンド・ロックの過酷な環境を完全にシャットアウトして、これだけ贅沢な時間を過ごせるのは、間違いなく君たちのおかげだよ」
僕は人間工学仕様の高級本革ソファに再び深く腰掛け、まだ冷気の残るビールのグラスを傾けた 。
過酷な環境であればあるほど、その中で自分たちだけの確かな「快適な生活」を作り、維持していくことに格別の喜びがある 。僕が好きな物語の主人公たちも、きっとこんな満ち足りた瞬間を積み重ねていったのだろう 。
アリタが静かにキッチンへと下がり、セーフハウスには再び心地よいエアコンの駆動音と、フェイクウインドウが演出する微かな夏の気配だけが残った 。次の転生先を決めるまでの引きこもり生活は、まだまだ退屈しそうにない 。




