表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/25

6月び猛暑(カニキュル)のパリに転移07

「――涼しい!」


思わず声が出た。コンプレッサー式の除湿機と2台の扇風機を同時にフル回転させると、室内の空気は見る見るうちに変わっていった 。


連日40度近くに達する歴史的な熱波「カニキュル」の真っ只中、石造りのアパートは昼間の熱を容赦なく放射し続けている 。本来なら室温も38度を下回ることはないはずだった 。しかし、新兵器たちが稼働したことで、部屋の温度計の針は30度台前半へと確実に下がり始めていた。


その時、部屋の様子を観察していたアリタが静かに動いた。


「マスター、ポータブルクーラーが勢いよく排気を行っているため、室内の気圧が下がり、負圧状態が生じております。そのため、入り口のドアの下にある僅かな隙間から、廊下の熱い空気が室内に吸い込まれているようです」


「なるほど、せっかく冷やした空気が逃げて、外の熱気が入ってきていたのか」


「はい。ただちに防護措置をとります」


アリタは手際よく厚手のタオルを綺麗に折り畳むと、ドアの下の隙間へと押し込み、熱風の侵入経路を完全に塞いだ。これで部屋の気密性はさらに高まり、外気の干渉をシャットアウトすることに成功した。


除湿機が水分を徹底的に集めてくれているおかげで、部屋の空気は驚くほどカラリとしている 。そこに2台の扇風機が冷涼な気流を絶え間なく届けてくれるため、湿度の低下と相まって、体感温度はまるで25度前後の爽やかな高原にいるかのように涼しく、極めて快適だった 。


「よし……それじゃあアリタ、ジェミニ。無事に快適な空間が完成したことを祝って、ささやかな祝杯を上げよう」


「畏まりました、マスター。ただちに準備いたします」


アリタがキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける 。ホームセンターからの帰り道、僕たちはジェミニの案内で大型スーパーへ立ち寄っていた。昨夜のサンドイッチとヨーグルトという寂しいメニューに懲りて、今日は昨日よりずっとマシなものをしっかりと買い揃えておいたのだ。多めに買ったミネラルウォーターも、帰宅直後に冷蔵庫の奥できっちり冷やしてある。


テーブルに並べられたのは、美しく盛り付けられた冷製ローストビーフに、新鮮な生ハムとメロン、カマンベールチーズ、そして完熟のブドウだ。飲み物はキンキンに冷えたプレミアムなミネラルウォーターと、微炭酸のフルーツジュース。


「待ってました! やっぱり涼しい部屋でいただくディナーは最高ね! フィクス、早くグラスを持って!」


待ちきれない様子で、ジェミニのホログラムが嬉しそうにグラスを掲げて見せた。


「不条理な環境への最初のリベンジとして、申し分のない成果でございますね」


アリタも冷えたジュースのグラスを手に取り、静かに微笑む 。


「それじゃあ、僕たちの『完璧な引きこもり城』の完成に――乾杯」


「乾杯でございます、マスター」


『かんぱーい!』


カチン、とガラスの触れ合う涼しげな音が室内に響く 。冷たいジュースを喉に流し込み、しっとりとしたローストビーフを口に運ぶと、生き返るような美味さが身体中に染み渡っていった 。


剥き出しの太いダクトはリネンの布で上品に隠され、壁にはアリタが描いた美しいパリの青空の騙し絵が広がっている 。外がどれほど灼熱の地獄であろうとも、この涼しくクリーンな部屋の快適さを脅かせるものは、もう何一つ存在しなかった 。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ