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6月び猛暑(カニキュル)のパリに転移06

「お疲れ様でした、マスター。資材の搬入を完了いたしました」


アパートの最上階、室温38度を超えるワンルームに、アリタが最後の大きな角材を静かに運び入れた。ホームセンターからUberで運んできた大量の工作材料が、石タイルの床を傷つけないよう整然と並べられている。


「よし、それじゃあ始めよう。ジェミニ、3Dスキャンデータの出番だ」


『待ってました! 私の完璧なデータベースから、今朝の歪んだ窓枠のミリ単位のクセをすべて引き出すわ。アリタ、スマホにカットラインを転送するから、その通りにポリカーボネート板とスタイロフォームを切り出して!』


手首のバングルから響くジェミニの脳内音声と同時に、アリタの瞳に精密なグリッド線が投影された。


「了解いたしました。加工を開始します」


アリタの動きは文字通りプロフェッショナルだった。普通の人間なら力加減に苦労する厚手のポリカーボネート中空構造パネル(プラダン)を、大型のカッターナイフでまるで豆腐でも切るかのように滑らかにカットしていく。続いて高密度のスタイロフォームを同じ寸法で切り出し、二つの素材を強力な両面テープで張り合わせることで、圧倒的な遮熱性能を持つ二重構造の特製パネルが瞬く間に形作られていった。


パネルの端には、ポータブルクーラーの太い排熱ダクトを通すための円形の穴が、サークルカッターによって寸分の狂いもなく開けられた。


「マスター、パネルのフィッティングを行います」


アリタが窓枠にその二重パネルをはめ込む。古い木製の窓枠は長年の歪みがあったが、ジェミニのスキャンデータのおかげで、パズルの最後のピースのようにピタリと収まった。さらにその隙間を、防水・気密遮熱テープで完璧に密閉していく。外の40度近い熱風は、これで1ミリも中へ侵入できなくなった。


「すごいな……これだけでもう外の熱気が遮断されたのがわかるよ」


僕が感心していると、ジェミニのホログラムが青白く実体化し、無骨なグレーの排熱ホースを指差した。


『機能は完璧だけど、やっぱり見た目が最悪の作業場ね。フィクス、買ってこさせた上品なリネンの布を使いなさい。ダクト自体にはアルミ蒸着の断熱カバーをぐるぐる巻きにして放射熱を閉じ込めて、その上からリネンの布をカーテン風にふんわりと巻きつけるのよ! これで無骨なホースがオシャレに隠せるわ』


「なるほど、居住性のビルドだね」


アリタがダクトにアルミシートと耐熱テープを巻きつけ、その上からジェミニの指示通りにリネンの布を美しくドレープさせていく。剥き出しの太いホースは消え、まるでインテリアの一部のようになった。


「そして、仕上げでございますね」


アリタは工具を素早く片付けると、今度は買ってきた白い化粧パネルの前に立ち、持参した絵の具を取り出した。彼女の細い指先が、信じられないほどの速度と繊細さで白い面を彩っていく。


数十分後、そこには窓を閉め切ったはずの壁に、もう一つの「窓」が出現していた。

青く澄んだパリの空と、美しいオスマニアン建築の街並みが、圧倒的な立体感を持って描かれた騙しトロンプ・ルイユ。閉め切った部屋の閉塞感が、そのフェイクウインドウによって一気に和らぎ、室内に精神的なクリーンさがもたらされた。


「完璧だ、アリタ。素晴らしいよ」


「恐れ入ります、マスター。空間の美観の再構築を完了いたしました」


「よし……それじゃあ、歴史的瞬間だ」


僕はポータブルクーラーの電源プラグをコンセントに差し込み、本体の起動ボタンを力強く押し込んだ。


ゴオオォォ……という低いコンプレッサーの唸り音とともに、ルーバーがゆっくりと開き、中から勢いよく冷風が吹き出してきた。


「――涼しい!」


思わず声を上げた。同時に、昨日から稼働させているコンプレッサー式の除湿機と2台の扇風機もフル回転させる。除湿機が流れ込むわずかな湿気を完璧にブロックし、2台の扇風機がクーラーの冷気とサラサラの空気を部屋全体へと綺麗に循環させていく。


肌にまとわりつく不快な熱気が、見る見るうちに乾いた冷気へと塗り替えられていく。


『きゃあ! 最高にクリーンで冷たい気流がデバッグされていくわ! 私のエミッターの熱バグアラートも完全消去よ!』


ジェミニがホログラムの髪を冷風になびかせながら、ベッドの上で嬉しそうにくるくると踊った。


「疑似触覚センサーの熱中症警告が解除されました。マスター、室内の熱処理回路のビルド、完全成功でございます」


アリタが額の汗を拭い、いつもの生真面目な瞳に深い達成感を滲ませて小さく微笑んだ。


騙し絵の窓から差し込む偽物の光の中、涼しい風が僕たちの「引きこもり城」を満たしていく。外はまだカニキュルの地獄が続いているが、この広めのステュディオは、僕たちの知恵とチームワークによって、世界で一番快適なオアシスへと生まれ変わったのだった。



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