6月び猛暑(カニキュル)のパリに転移05
翌朝、カニキュルの朝日がヴォレ(シャッター)の隙間から差し込む頃には、部屋の中はすでにじっとりと熱を帯びていた。結局、夜通し扇風機の風を浴び続けたものの、石壁からの熱放射のせいで熟睡にはほど遠い。
「……よし、今日でこの地獄にケリをつけるぞ。ジェミニ、出かける前に頼みがあるんだ」
僕はまだ重い身体を起こし、手首のバングルに声をかけた。
『なによフィクス、寝不足のわりにはいい目をしてるじゃない。頼みって?』
実体化したジェミニが、物憂げに髪をかき上げながら応じる。
「この部屋の窓枠の正確なサイズをスキャンして、記憶しておいてほしいんだ。これからホームセンターに行くけど、ミリ単位のズレも許されない完璧な気密性を持たせたい」
『お安い御用よ。私のセンサーを舐めないで頂戴。……はい、スキャン完了! 縦横の幅からサッシの溝の深さまで、私のデータベースに完璧に同期したわ。いつでも引っ張れるから安心して』
「助かる。じゃあ、昨日と同じように店の前に一番近い大型のUberを配車してくれ」
『もう手配済みよ。あと数分でアパートの前に到着するわ』
ジェミニの素早いナビゲートに従い、僕とアリタは部屋を出た。相変わらず外はうだるような暑さだったが、冷房の効いたUberに滑り込めば、そこは一時的な避難所だ。僕たちはそのまま、パリ郊外の大型ホームセンターへと向かった。
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広大なホームセンターの資材売り場は、僕にとっての実験場のようなものだった。カートを押し、立ち並ぶ棚を見上げる僕の脳内に、ジェミニの的確な指示が響く。
『いい、フィクス。まずは窓を塞ぐベースになる厚手のポリカーボネート板、それと高密度のスタイロフォーム(断熱材)を選ぶのよ。サイズはさっきのスキャンデータから私が計算して、カットコーナーの店員に伝える寸法をスマホに送っておいたわ』
「なるほど、二重構造にして断熱性を高めるわけだね。工具はどうする?」
『プラスチックカッターと、隙間を完全に埋めるための防水・気密遮熱テープ、それから排熱ダクトを通す穴を綺麗に開けるためのサークルカッターね。あっちの工具棚の3列目にあるわ』
ジェミニの指示は、まるで一流の建築士のようだった。さらに僕がダクトの入った箱を思い浮かべていると、彼女はさらに実用的なアドバイスを付け加えた。
『それから忘れないで、排熱ダクト自体の断熱カバーにするためのアルミ蒸着のグラスウールシートもカゴに入れて。ポータブルクーラーのダクトって、稼働するとそれ自体が熱いラジエーターみたいになって部屋を温めちゃうのよ。それを包んで遮熱するの』
「さすがジェミニ、細かいところまで気が回るね」
『ふふん、伊達にマスターのアシスタントをしてないわ。……あ、そうだ。もう一つ重要な指示をあげる。その無骨なプラスチックの板で窓を閉め切ったら、部屋の見た目が最悪の作業場みたいになっちゃうでしょ? だから、カモフラージュ用の白い化粧パネルと、ダクトの不格好さを隠すための上品なリネンの布も買いなさい』
「カモフラージュ?」
僕が首を傾げると、横でカートを押していたアリタが静かに挙手した。
「マスター、その化粧パネルがあれば、私が後ほどフェイクウインドウの絵画を施工いたします。美しいパリの騙し絵を描けば、閉塞感を和らげ、室内の美観を損ねずに済みます」
「それはいいな。引きこもり部屋には、精神的なクリーンさも必要だ。布はダクトに巻きつけてカーテン風に見せるわけか」
『そういうこと! 機能性だけじゃなくて、居住性もビルドしてこそ完璧なセーフハウスよ』
ジェミニの完璧なリストアップのおかげで、僕たちは迷うことなく、必要な工作材料と工具、そして美観を整えるためのアイテムをすべて買い揃えることができた。
カート一杯に積まれた資材を再びUberのトランクへと積み込み、僕たちは勝負の地であるアパートへと引き返した。いよいよ、この部屋を完全なオアシスへと改造する時間が始まる。




