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王太子には、やはり第一側妃の二子である、第三王子が立つことになった。
第二王子は身体的に病弱で、政務を任せるには不安な面があるからだ。
能力的にはむしろフィリクより優秀、婚約者も侯爵家の令嬢なので、次期国王と王妃として、不足はないだろう。
残る問題は、ひとつ。
それを解決するために、私はアドリエ嬢に面会を申請した。
「王太子妃殿下にご挨拶いたします」
厳密に言えば私はもう王太子妃ではないが、引継ぎを終えるまで便宜上、呼称はそのままということになっている。
それを言うなら、アドリエ嬢も側妃として嫁した形なので、名称は違うのだが。
さておき。
久しぶりに顔を合わせたが、思った以上に憔悴している。
食事どころか、飲み物さえあまり摂れていないと聞く。懐妊中なのだから、無理にでも栄養を摂取しないとならないのだが。
「まずは、過日のこと、災難だったと思います。お加減はいかがかしら?」
「…はい、体調は悪くないです。…いえ、あの、」
何かを言いかけ、躊躇い。顔を上げては俯くということを彼女は繰り返す。
「あまり食事を摂れてないことは聞き及んでいます。果物をお持ちしてるので、よろしければ召し上がって」
「………」
「実行犯は捕縛されてますし、背後関係も突き止め、処罰されています。この辺りは第一王子殿下から聞いたと思いますが」
「………」
「後は、そうね。あなたの毒見役、危うく処刑されるところでした」
そこで、目の前の女性はびくっと肩を揺らす。
「何のために毒見役がいるか、教育されてるはずね?」
「……」
「あなたが断ったせいで、あなたの軽率な判断で、人が死ぬところでした」
「……っ」
「何も思わないかしら?」
「っ…あなただって! 王太子妃殿下だって、毒を盛られたじゃありませんか! 何故わたしだけが責められなきゃいけないんです?!」
他にも何か言われたのだろうなと。面と向かってではなくとも。
彼女に怒りを宿した目で見られるのは初めてだろうか。
余裕を崩されたこと自体、あまりないのかもしれない。
「そうね。ただあなたと違うところは、私は毒見を欠かしたことはない。私のときは、食事そのものではなく、食器の、それも一部に仕込まれていた。完全に避けるには難しい状況だったわ」
摂取したのは微量でも、毒性が強いものだった。国王の側妃だから入手もできようくらいの。明確な繋がりはついぞ見つけられなかったが。
「毒を盛られたことが問題ではないこと、分からないかしら」
「何が問題だって言うんですか…っ」
「あなたは今、側妃という立場。あなたの言動で、人生を左右される存在がいるということよ」
「……わたしが望んだわけじゃないっ!!」
アドリエ嬢の叫びは、本心からだろう。
私を訪ねたのも、形式上などではなかった。
願えば叶うだろうとの浅い思考は置いておいて。
「あなたがっあなたが、わたしの名前を出さなければ…! あなたのせいで…っ!」
憎々し気に睨まれるが、私は何とも思わない。
筋違いの怒りに、同じ熱量で返してやる義理はない。
「ならば何故、第一王子殿下に悟られるような振る舞いをしたの?」
「……はっ?!」
「何故、殿下をお止めしなかったの? 私のところへ来る前に」
「それとこれと、何の関係がっ」
「何も分かっていないようだけれど、あの1件で、他の候補は選ばれなかったのよ」
まさか、本当に分かっていなかったとは。
フィリクといい、宮廷に回っている情報すら掴んでいないのは、驚く他ない。
「どういう…ことですか…」
「殿下が私の執務室に怒鳴り込んできた件で、他の候補を立てても無駄と認識されたのよ。つまり、自業自得なの」
呆然としているアドリエ嬢に、噛んで含めるように私は言う。
私が名を挙げた時点では、まだ議論の余地はあったのだ。
可能性を潰したのは、他でもなく。
「あなたが側妃になったのも、避けられたはずの毒を盛られたのも、全部、自己責任よ」
「あ、ああ…っ」
自分の行動がどんな結果を生んだのか、ようやく気付いたらしい。
「そもそも、始めにあなたの名前を出したのも、共に働くようになって、殿下が随分落ち着きがなくなってきたからよ。あなたと添い遂げることができれば、少しは改善するかと思ってのことだったのだけれどね」
効果がなかったのは、言うまでもない。
「わたしは…わたしは、どうすれば…」
縋るように見られるが、相手を間違っている。
私の言えることはそう多くない。
「あなたが、殿下の妃であり続けるのなら、その責任を自覚しなさい。それを放棄したいのであれば、相応の覚悟をすることね」
後悔など今更しても、もう遅いのだ。
アドリエ嬢の私室から出てすぐ、フィリクの姿があった。
一礼して通り過ぎようとした私を呼び止める声。
少し時間はあるだろうかと。
応接室に誘導され、対面で座る。
侍女がお茶を供するとフィリクが下がらせ、この場には私と2人だけになった。
視線は彷徨っているが、それ以外は落ち着いているように見える。
室内には沈黙が横たわっているが、私から何か起こす気はさらさらない。以前なら違っただろうが、今はフィリクに対し、心を砕いてやる必要性を見出せない。
その変化を、口に出さずとも伝わっているのか、フィリクは居心地悪そうな顔をしている。
やがて根負けしたように、重い口を開いた。
「こうして君と2人で向かい合って話すのは、久しぶりだ」
「そうですわね」
「…その。先日は、申し訳なかった」
「何に対しての謝罪でしょう」
「っ…君を疑って、一方的に責めたことだ」
問われるとは思わなかったのか、屈辱を受けたような表情をフィリクは浮かべる。
別に改めて過ちを突き付けて、辱めようなどという意図は私にはなかった。
単純に、フィリクから受けた仕打ちで、どれについての謝罪かが分からなかっただけだ。
「謝罪を受け入れますわ。…お話がそれだけでしたらこれで」
「ま、待ってくれ!」
お茶にはもちろん手をつけず、立ち上がりかけたところで、慌てたフィリクに止められる。
「まだ何か?」
「ああ。…取り敢えず、座ってくれないか」
「……」
無言で腰を下ろす。
面倒だが、執務中に乱入されるよりはマシだ。
「…議会後に君に言われたことを、ずっと考えていた。私も理解していたはずのことなのにと」
「………」
「王族たるもの、貴族の模範たれ。幼い頃から学ぶというより、刷り込まれることだ。そう、君と出逢った頃には既にその考えは私の中に根付いていたはずだった。
そして、君とのことも思い返してみると、決して悪感情を持っていたわけではなかった」
そうでしょうね。
フィリクから始めから疎ましがられていたわけではないことは、知っている。
「母への反発心もあったが、マリエルと出逢ったことで、本来大切にしなければならない君を蔑ろにしていたことも、今更ながら気付いた」
正妃様への反抗があったのは、私も気付いてました。
ですが、本当に今更ですね。
「マリエルへの感情が消えたわけではないが、今は後悔している。君という優秀な女性を、今まで冷遇していたことを」
何が言いたいのか、分かりたくなくても分かってしまった。
今になって、私が陰でどれだけ動いていたのかを思い知ったのか。
執務、公務をどれだけフォローしていたかを、知ったのか。
私が離縁によって、この城を去ることは決定している。だから、私の能力を惜しんだのか。
王子としてのフィリクに、不可欠だと。
「私でできることなら、どんな償いもする。だから、どうかここに残って、私を支えてくれないだろうか。以前、私を愛していたと、その想いが真実、君の中にあったのなら」
先ほど、アドリエ嬢に見たような、縋る眼差し。
今更、本当に今更だ。
そんな、私の中にあったことすら、もう思い出せない愛を引き合いに出されても。
「頼む、ルシア」
「……っ」
こんなときだけ…!
こんなときだけ、私の名を呼ぶのですね。
深く深く息をつき、落ち着かせる。
動揺すれば、平静を保たなければ、正常な判断はできない。答えが決まりきっていても。
「第一王子殿下のお気持ちは、理解しました」
「それでは…!」
期待の籠った眼を、冷ややかに見据えるとフィリクは戸惑った顔を見せる。
むしろ、何故そんな顔ができるのか不思議だ。
「けれど殿下。もう遅いのです」
もし、私がまだ子を喪う前であったなら。
もし、喪った後に、少しでも私を気遣ってくれたなら。
共に、哀しんでくれていたら。
「私も、王族である前に、貴族である前に…人間なのです。心ある、人間なのです」
諦めかけてはいたが、愛されることに絶望はしていなかった、あの頃であったなら。
「殿下のお申し出は、お受けできません」




