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「あなた、自分が王妃になれないからって、冤罪を掛けられた腹いせにフィリクまで巻き添えにするなんて…なんて卑しい子なのかしら」
王太子選出には次の議会で論じることになった。
順当にいけば、第一側妃の二子になるのではと思う。
そして、議会直後に正妃に呼び止められ、前述の台詞だ。側にフィリクもいるが、窺わずとも議会の結果に不満であることは空気で分かる。
「未だ、正妃様はお分かりになっておられない。どうやら、第一王子殿下も」
「何ですって?!」
「もちろん、冤罪などあってはなりませんが…、これは、かけられた者の破滅を示すだけではないのです」
ここまで言っても、2人は訝し気な顔をしている。
はーっと呆れの溜息が出たところで、私を責める者など、目の前の2人以外はいないだろう。
先の件もだが、1から10まで説明しないと分からない時点で、王族としては致命的だと、理解できないのが問題なのだ。
「つまり、実行犯でない者を罪に問うのは、真犯人を逃しているということです」
「? それくらい分かるわよ」
分かってない。
「では、真犯人を捕えていないことでどうなるでしょう? それは再び、同じ人間、もしくは他の人間に、危害を加えられる可能性があるということに他ならない」
「?!」
ここまで言わないと理解に及ばないのが、問題なのですよ。正妃様、元王太子殿下。
「冤罪をかけるということは、そういう意味です。今後の被害者の可能性をも想定していない。被害がそこで止まればいいでしょうけれど、そんなことは真犯人にしか知る由のないことです」
彼らも思ったでしょうね。
このままフィリクが国王になったとき、何かあれば、冤罪で処刑される可能性を。
あの場で、私の言った意味と、その可能性を見たから、反対の声は誰からも上がらなかった。当然、国王もそれに含まれる。
後で間違ってましたなどと言われても、遅いのだ。
「っでも、フィリクはあの子を心から愛してるのよ! そんな子が毒を盛られたら、冷静でいられなくなるのも当然でしょう?! なんて冷たいことを言うのかしら…! 本当にあのアマンダの子なの?!」
残念ながら、あの母の子なのですよ。
本当に、心底、残念ながら。
私は、あの母に似なくてよかったと思っています。
「大切な人が害されれば、平常心を失うのは至極当たり前のことですが、だからこそ、冷静な対処を求められる。その大切なものを失わないために」
大切なものが、まだ代替のきくものであれば然程、問題視するほどではない。
取返しのつくものであれば。
だが、それ以上に。
「──王族に、誤りは許されないのです」
私の断定に、正妃とフィリクは言葉を失った。
王妃になれないから、フィリクを巻き添えという正妃の指摘は、ある意味間違っていない。
フィリクがもし、1人で立てる人間ならば。
国を任せても大丈夫だと思える器量があるのならば、私とて議会にかけるようなことはしなかっただろう。
だが、そうではなかった。
正確には、アドリエ嬢を秘書官にした辺りから、少しずつ疑いは積もっていた。仕事上での不備が目立ってきた理由を探ったところ、時期が一致したのだ。
様子をネリーに窺わせたが、首を振るだけの仕草に、ああ話にならないと侍女の立場でも判断するほどだったのかと、始めの失望を覚えた。
その時点では、嫉妬や羨望がまったくなかったとも言えなかったのもあり、邪推されるのも業腹だったので、黙って補佐に徹していた。
学生時代と混同しているのではという疑問も他部署から上がっていたが、私でまだ補正できる程度のものだったから、何も言わなかった。言って聞くとも思えなかったというのもある。
アドリエ嬢を召し上げれば、少しは安定するかとも思っての推薦だったのだが、私の目論見は結果的に外れた。
しかし彼女も、思いの外早く、馬脚を露したものだ。私の予想では、外交辺りでフィリクと共に化けの皮が剥がれるのではないかと思っていたが。
──気付いたのは、卒業後初めての面会で顔を合わせたとき。
非の打ちどころのない女性だと感じていたのだが、それはあくまで学生であったからだと。
責任のない立場での振る舞いに過ぎなかったのだと。
私も、自分の中の恋心というものに目を眩ませていたことは否定しない。
フィリクが惹かれる女性だからという、どこか盲目的な考えがあったことも。
霧が晴れたようにクリアになった視界には、恋に狂った男と、それを知りながら男女の駆け引きを楽しむような女の姿としか映らなかった。
そして、学院を卒業してからも、それは変わらず。
立場が変われば、視点も変わる。
だというのに、2人はそういう意味で変わっていなかった。
結局のところ、彼らは自らの手で、自分たちの首を絞めたことになる。
私が推薦した後に、分を弁えず、彼女が直談判になど来なければ。
その後に、異変を悟られず、通常通りに振舞っていれば。フィリクに気取られるようなことがなければ。
フィリクが、その勢いのまま私の執務室になど来なければ。
来たとしても、人払いをし、冷静に話せるだけの判断力があれば。
噂などにならず、他に候補を挙げても、冷遇されるだろうと思われることもなかっただろうに。
アドリエ嬢の他に正妃候補が挙がり、議論の余地などないという事態を避けられただろうに。
フィリクは、王太子の座を廃嫡という形で取り上げられ、継承権の剥奪こそされなかったものの、国王になる道は絶たれたも同然。
アドリエ嬢は、フィリクの妃という点に変更はないが、今後は王子妃としての立場を求められる故、王太子妃ほどではなくとも、責任の重さに変わりはない。
現在の彼女は、疑心暗鬼でろくに食事も摂れていないと聞く。
いつ食事や飲み物に毒が混入しているか分からないことに、恐怖を感じるのは仕方ないとは思う。
盛られた毒の成分解析結果を見たが、毒性の強さより、苦痛を主に感じることを目的としたものだったようで尚のこと。
想像していなかったのだろう。
王族に名を連ねることがどういうことか。
その肩にかかる重責も含め、常に命の危険と隣り合わせというのが、誇張でも何でもないことに。
ただ、毒見がいるはずなのに、という疑問もあって、捜査と並行して調べさせたのだが。
彼女が笑って断っていたと。
毒なんてと、毒見の制止など聞かずに、食事に手をつけたと。
その報告を受け頭痛を覚えたのも、無理からぬこととお察しいただきたい。
命がけで職務に当たっている、毒見役を何だと思っているのだ。彼らを軽んじた結果、毒によって倒れた場合、責任の所在を問われることに何故想像が及ばないのか。
多数の証言と嘆願もあって、彼女の毒見役に処分が下りないようにしたが、下手したら彼女の軽率な行動で、無辜の人間が処刑されていたのだ。
その辺りも、教育されているはずなのに。
彼女が王族に嫁するのに、不足しているものは、身分でも器量でも能力でもない。
決定的に、足りなかったもの。
それは、”覚悟”だ。
上に立つ者としての、覚悟。
王族として、貴族の頂点に立つ覚悟。
下位貴族ならではの見通しの甘さ。
──フィリクが王太子の座を追われたことで、私がここを去る日も早まるだろう。
その前に、片付けておかねばならない。
憂いなく、この地を後にするために。
「誤り」は常用ではありませんが、敢えて使用しています。




