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「──…なるほど。お話はよく分かりました」
かつてないほど、冷え冷えした怒りが湧いてくるが、深く息をつきそれらを逃がす。
今、感情的になったところで何も解決しない。
「ネリー、調査は誰が指揮を執ってるか分かる?」
「まだ現場を封鎖しているのみのようです」
即座に返ってきた侍女の答えに、驚きより呆れの方が先に立つ。
騒ぎが起きてからもう数時間は経つというのに、何もしていないとは。
恐慌状態だったアドリエ嬢を落ち着かせることを優先したのかもしれないが、指示を出すくらいできたはず。
「そう。騎士団長に私の執務室へ来るように伝言、副団長に関係者の拘束、毒物の成分解析を命じて、入手ルートを調べさせなさい」
「かしこまりました」
「公爵家へ連絡は?」
「まだのようです」
「では、そちらも並行して」
「はい。それでは、御前失礼いたします」
私の指示に頷き、侍女が1人執務室を後にした。続いて、事の成り行きを見守っているうちの2人に声をかける。
「陛下付主席補佐官ヘリオス=マイヤー、王太子妃付秘書官コリン=ウッド」
「「はっ」」
「現状と王太子殿下の言動を仔細漏らさず、書面に残しなさい。作成者は証人も兼ねてあなたたち2人の記名。私が確認した後に、王太子殿下にサインをさせて。書類は、法務部へ提出、管理させるように。…要らぬ仕事を増やして悪いわね」
「「とんでもないことでございます」」
有能な2人もすぐに書類作成に取り掛かる。
勢い込んで来ただろうフィリクは、私たちの行動を呆気に取られて見ているだけだ。
だが、すぐに怒りが再燃したのか、目を吊り上げる。
「…どういうつもりだ」
「聞いた通りです」
「いやそもそも、君が、」
何度も同じ問答をする気はないので、手で制す。
「ええ。つまり王太子殿下は、何の物証も根拠もなく、側妃様に毒を盛ったのは私だという嫌疑をかけられたわけですよね」
「根拠はあるだろう! 君は私を、」
「…記憶力すら危ういのですか?」
「その物言い、いい加減不敬だぞ!」
本当に、何も考えていないのね。
いいえ、アドリエ嬢のことしか頭にないと言った方が正しいのかしら。
国と民を思い、研鑽していた殿下はもうどこにもいない。
「──…繰り返しますが。私は、王太子殿下に対し、何の感情も持っていません。当然、愛などあるわけがありません。動機もメリットもありませんが?」
昨夜のことなのに、もうお忘れですか?
冷たく言い放つと、執務室にざわめきが起きる。
周囲の反応が、私の発言の内容なのか、昨夜フィリクが私の部屋を訪れたことなのか。どちらでもいいし、どう思われようが構わない。
私に痛手になることは、何もないのだから。
「口では何とでも言えるではないか!」
私の切り口に、感情で言い返すフィリクに辟易する。
いい加減、言いがかりも甚だしい。
私の眼差しには、侮蔑が混じっているだろう。
「私が嫉妬で側妃様に危害を加え、仮に彼女の存在が消えたとして、殿下の寵愛が得られるとでも? そもそも望んでもいませんが」
「……っ」
「始めからなかったものを求めるほど、愚かに見えると?」
フィリクが言葉に詰まり、悔しさを隠さず黙りこむ。肯定するほど場が読めないわけではなかったようで、よかったというべきか。
「現在の側妃様が何らかの形で廃されたとしても、新たな正妃候補が選出されるだけです。2年後の離縁の理由もお忘れですか? 議会の決定とはそういうものです」
アドリエ嬢を害すことなんかに割くぐらいなら、思考も時間ももっと有効で有益なことに使う。
正直、こうして下らない難癖をつけるフィリクをあしらう時間さえ、惜しいと思うくらいなのに。
「私の冤罪が晴れたときの処遇、覚悟しておいてください」
騎士団長以下、公正な捜査によって、私の冤罪は晴れた。冤罪といっても、疑いをかけたのは1人だけだが。
何もしていないのだから、当然の結果である。
執務室に怒鳴り込んで来たとき、フィリクは周囲にどんな目で見られていたのかすらも、きっと分かっていない。
ちなみに、毒を盛ったのは、侍従の1人だったらしい。背後関係はこれから突き止めると中間報告を受けた。城から逃亡寸前での捕縛だそうなので、初動の遅さから危うく取り逃がすところだった。
そして、あの日のフィリクの言動すべてを記録させていた私は、法務部に保管していた書類を議会へ提出した。
王太子の、フィリクの資質について、議題として挙げるために。
「それでは、各々、お手元の資料はご覧になられたかと思います」
先日の書類を、各自で見られるよう複製したものを議会の貴族たちに配っている。それを基に議論するということで。
私とフィリクのサインが入った原本は陛下に渡してある。
「改めて妃殿下からの議題について、ご意見のある方、どうぞ発言を」
「では私から」
「どうぞ、妃殿下」
私が手を挙げると、貴族たちのさざめきがぴたりと止む。
内容が内容なだけに、各自迂闊な発言はできないから、私の発言を待っていたとも言えるだろう。
「まずはお忙しい中、お集まりくださりありがとうございます。用意したものは、先日の、王太子殿下の側妃様への加害に関連して発生した事案です。事実であることの証人として、書類作成者の、国王陛下付主席補佐官、王太子妃付秘書官の2名を挙げております。
こちらを踏まえまして、現王太子殿下が次代の国主としての資質に欠けるのではないかという疑問を私から提議し、審議にかけさせていただきたく」
廃嫡を仄めかしたことにより、議場に動揺とざわめきが広がる。
それとほぼ同時に、間近からダンッと拳を打ち付ける音がした。正妃である。
「何なの? たかが毒物混入の疑いをかけられただけで、フィリクを廃嫡しようですって? 何様なのよ、あなた」
視線で人が殺せるのならば、私は今、正妃に殺されていただろう、鋭さで睨まれる。
しかし、悪い意味で予想を裏切らない人だなと改めて思う。
「恐れながら、正妃様は事の本質を見誤っておられますね」
「何ですって?」
「──皆様に聞きましょう。正妃様と同じように、私が嫌疑をかけられたことを理由に、今回の議題を提出したと考えられている方はいらっしゃいますか?」
どうぞ挙手を。
促すが、誰1人として手は挙がらない。正妃が怪訝そうに見渡すが、それでも。
下位貴族でさえ、ここにいるのは当主たちである。正妃のような浅薄な思考を持つ者はいないということだ。
「他にいらっしゃるかもしれない方のために、改めてご説明いたしましょう」
正妃の他に、確実に1人はいる。誰とは言わないが。
「王太子殿下の行動ですが、側妃様の毒物混入の報を受け、現場を封鎖したところまではセオリー通り。しかしその後の対応に問題があります。
第一に、現場を封鎖したのみで、具体的な指示を出していなかったこと。指揮を執るものさえ指名しておらず、関係者も自由に動いていました。証拠隠滅、また実行犯に逃亡の機会を与えていること。教唆した者がいたとしても、実行犯の確保が必須であることは、言わずもがな。
第二に、事件が起きてから数時間も放置していたこと。初動の遅さ。
第三に、個人の思い込みと心証のみで、私に嫌疑をかけたこと。先触れもなく、執務室に駆け込んでこられました。これの意味することが、お分かりになりますか?」
私は正妃を見据え、水を向ける。
「だからそれは、あなたが疑われて、怒りを抱いたってことでしょう。それ以外の何があるのよ」
やはり何も分かっていないのか。母といい、この正妃といい、何故こうも愚かなのか。
「王族に限らずですが、貴族というものは、生まれてから感情を制御することを教育されます。何故か? 貴族の言動で民の財産、ときに命すら左右されることがあるからです。
感情だけで行動、判断、発言してはならない。他者のみならず、自分自身も、些細な言動で命取りになりかねない事態はあるのです。
特に王族の言葉、行動は、常に責任が伴います。一挙手一投足、すべてにその重みがあるのです」
「それが何? 当然のことではないの」
「それでは、王太子殿下の行動は、王族として正しいものだったと言えるでしょうか? 側妃様を寵愛され、大切にされることは何の問題もありません。その方を害され、我を失うのも人としては間違っているとは申しません。
ですが、有事の際にこそ、冷静さを保ち、多角的に物事を見分しなければならない。感情的に行動してはならない。
上に立つ者とは、そうでなくてはならないはず」
感情的になり、視野狭窄に陥る人間に、国と民を導き、統治することなどできるわけがない。もしそんな人間が国王などになれば、国は衰退し、いずれは滅ぶだろう。
「あ、あなた…生まれながらの王族でもないのに、何を偉そうに…っ」
正妃はわなわなと震えながら、怒りを抑えられない様子。フィリクはたぶん否定したがるだろうが、正妃に似たのだなと思う。
そんな正妃を無視して、議場の貴族たちを見る。
「王太子殿下は、王族であることの重みを理解しておられないと、此度の件で感じましたことが、議会を招集した理由です。
また、現在の執務状況、そして側妃様が未だ不安定であること。正妃候補である側妃様も鑑みまして、フィリク=ディジルド王太子殿下の廃嫡を提言いたします」
私の決定的な発言に、正妃が目を剥いた。
「不敬よ! あなたごときが、」
「黙れ、イリア」
正妃の怒りを冷めた目で見返していると、それまで黙っていた国王が口を開く。
「議長、表決を採れ」
「かしこまりました。…それでは皆様、妃殿下の提言に賛成の方は起立を」
重要な議題の場合は、挙手ではなく、起立で意思を示す。
最初に私が立ち上がり、その後、公爵である父が立つ。
それを皮切りに、ガタッガタッと椅子を引く音が続き。
「──満場一致で、賛成の議決となります」




