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「それでは、マリエル=アドリエ子爵令嬢を側妃として決定いたします。異存はございませんね?」
反対者は1人だけ。言うまでもなく、フィリクである。苦々しい顔をしているのが横目にも見て取れた。
議長の言葉に、他に異を唱えるものはいない。アドリエ子爵はもの言いたげだが、高位貴族がほぼ全員一致の賛成では何も言い出せまい。
何せ、先日の執務室での騒ぎは、両陛下の耳にはもちろん、貴族の間にも広まったらしいし。
自ら墓穴を掘ったことにも気付いていないのなら、救いようがない。
「側妃の決定に異存はございませんが、私の方からよろしいでしょうか?」
「どうぞ、妃殿下」
「アドリエ嬢の後宮入りは即日でいかがでしょう? 後継は早い方がよいかと」
「公爵家への養子縁組の手続きを終え次第、即日ということですね」
「その通りです。そして、王太子妃教育を並行して、彼女に。その間の執務は私が代行しましょう」
「…マリエル=アドリエ子爵令嬢を正妃前提の側妃にということでしょうか?」
前回の議題では、候補を挙げるかという段階で止まっていたので、改めて提言した。
「はい。そして、期限を設けたいと思います。仮に教育が修了しなかったとしても、離縁は2年後。最長期間としてです。もちろん、進捗次第で早まるのは問題ないかと。この条件を含めてこの場で決定を」
私の提案に、議場に集まった貴族たちが周辺と囁き合っている。
概ね受け入れられる方向で。
「王太子妃殿下のご提案に対する表決をとります。反対の方は挙手を」
ぱらぱらと挙がるが、全体の数として見るまでもない。
議長が両陛下にも確認をとり、議決となった。
──この日、私とアドリエ嬢の行く末は決まったのだ。
そして、先日の、毒物混入の件も調査結果が出た。
毒を入れたのは、国王の第二側妃の元侍女。当然私は彼女を知っている。職務に忠実で真面目な侍女だった。
王太子妃付侍女として回された人員だったという背景までは、知らされていなかったが。
おそらく第二側妃の指示だったのだろうが、証拠がないため、実行犯のみの処断となったのは残念である。
正妃には、フィリクしか子がいない。対して、側妃には王子と王女がいる。いずれも優秀な。
側妃の身分も、正妃に劣るとはいえ、高位貴族だ。
現時点で、十分に王位を狙える位置にいる。フィリクが失脚でもしない限り、の話ではあるにしても。
私が子を宿したことで、焦燥感に駆られでもしたのか。いやに直接的な手を使ってきたものだ。
幸い後遺症はないし、決意する切っ掛けになったので、そこまでの恨みはない。
ただ、危害を加えられたことは事実だし、ささやかに、社交界に事実を流布する程度にしておこうかと思う。
アドリエ嬢の養子縁組、後宮入りは滞りなく行われた。
他でもない、私が主導で手続きしたのだから、不備などあるわけがない。
当の本人は、議会の決定を告げられ、諦めたように受け入れたらしいと聞いた。この期に及んで反発するほど、愚かでなくて幸いだ。
彼女の代わりの秘書官、王太子妃教育に携わる教師も手配済み。
しばらくは様子見かしら。たぶん、私の見る限り、予想を超えることはないだろうけれど。
社交界の方も、思った以上に反響があったようで、巡り巡って私にも詳細が届いているほど。
第二側妃の王子と王女たちは肩身の狭い思いをしているとか。面罵されるより、陰で何を言われているか分からない方が精神的にダメージを受けるだろうし。
なまじ優秀なだけに、周囲に鈍感にもできていないのが却って仇になったのかもね。
王位を狙っていただろうに、今回の件で王位から遠ざかったことに、第二側妃は歯噛みしているとかいないとか。
噂は噂でしかないが、事実無根ならともかく、紛れもなく事実であるから、評判だとか人望とかに割と響いたりする。
第二側妃の元に、どれだけの人が残るのか。私は高みの見物といきましょう。
そして、殿下はというと。
アドリエ嬢に想い人がいるというのと、王太子という立場から、彼女は決して手に入らない花だと理解はしていた。
私との婚姻も、自身の責務故に拒否しなかった、いや、できなかったことが、その表れでもある。
通常、側妃でさえ、伯爵以上の身分が必要とされる。子爵家では、王家に嫁す妃の後援には権力、財力共に不足だからだ。
それ以上に、相愛の相手がいるというのが、フィリクにとっては大きかっただろう。
思いがけず、密かに愛している相手を迎えることになり、浮かれる気持ちになるのは分からないでもない。彼女を悲しませたくない一心で、側妃に反対していたとしてもだ。
多少の後ろめたさや罪悪感より、彼女を迎える喜びの方が大きいのね。結果的に苦しめることになっても。
「──この書類、すべて王太子執務室に返却して」
「かしこまりました」
とはいえ、回ってきた書類の不備が多すぎる。気分が高揚するのはいいとしても、仕事に支障をきたすようでは話にならない。
今までは、多少の誤字や数字の間違いは、私の方で訂正して各所に回していた。
しかし、これからはそんなフォローをしてやる義理も義務もない。仕事が滞ろうが、私の知ったことでもない。
自分の仕事以上のことは一切しないと決めている。
今日は、フィリクとアドリエ嬢の初夜だ。
…本当に、もう何とも思わないものね。




