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「側妃を…?!」
議会に参加している貴族たちがざわめく。
体調はまだ完全とは言えないが、決断は早い方がいい。
そう思い、私から議題として提出した。
先日の件で、私は二度と子を授かれないだろうという、医師の診断書を添えて。
「いいえ、新しい妃というのは、しっかりした後見を持つ令嬢、もしくは高位貴族に迎え入れることにより、確立できるのであれば、側妃でなくとも問題ないかと愚考いたします」
私の言葉に、ざわめきが大きくなる。
意味を正確に読み取ったのだろう。
「つまり、妃殿下は、離縁を望まれているということでしょうか?」
議長が確認したので、私は傍目にも分かるように頷く。殿下は隣の席だが、視線は向けない。期待することは、とっくにやめたのだ。
「私は今後、王家の血を繋ぐことができません。であれば、正妃である必要もないかと」
「わたくしは反対よ」
声を上げたのは、予想通り正妃だった。不快さを隠そうともしない。今の私にはどうでもいいことだ。
「まだ婚姻して1年も経ってないわ。醜聞にしかなりません」
「…確かに」
「しかし、妃殿下のご意見も尤もです。王太子殿下の正妃となる方に子が望めないとなれば…」
「将来的に考えますと、やはり」
「離縁かはひとまず置いておくにしても、側妃の選定をすべきではないでしょうか」
「妃殿下は診断書も提出されていますし、検討しなければならないのでは」
各々が意見を述べているが、大方私の想定通りに進んでいる。
苦虫を嚙み潰したような顔の正妃を無視した形で。
「私は、王太子殿下の秘書官である、マリエル=アドリエ子爵令嬢を推薦いたします。彼女は在学時から優秀な成績を修め、現在は殿下の補佐として申し分ないと伺っております。公私ともに、殿下を支えてくれるでしょう」
隣から驚いた気配が伝わってくる。私はきっと感情のない笑みを浮かべているだろう。
私が、知らないとでも思っていました?
王太子の執務室には、学院時代の側近と、アドリエ嬢とで、まるで生徒会を運営していたときのように楽しそうに仕事をしていると。
知りたくも、なかったけれど。
「──私は、反対だ」
意外にも、反対の声は隣の殿下から上がった。
「王太子殿下が反対される理由を伺っても?」
「…王家に嫁するならば、子爵家は家格的に低い。他の貴族家に侮られるだろう」
「殿下の言い分も一理ありますな」
「高位貴族で他に婚約者のいない家柄を探した方が…」
これも想定通り。
「そういうことであれば、私の実家であるリュースウェル家が後ろ盾になることは、既に了承を取ってあります。そうですね、公爵?」
父である公爵が頷く。当然だが、根回し済みだ。
別に、母とさえ、会う口実ができればいいのでしょう、正妃様?
「家格が問題ということであれば、それで解決ですね。他には?」
「それでも、彼女はだめだ」
彼女、ね。
「具体的な反論点がないのであれば、彼女も候補とした上で、選定を」
「派閥の調整等もございます。この議題は次回繰り越しでよろしいでしょうか?」
「ええ、私は構いません」
「それでは、今日の議会はこれにて解散します」
議長の閉会宣言により、私の第一歩は幕を閉じた。
議会後、すぐにフィリクが私を訪ねて来た。
公務と閨以外では初めてという辺り、殿下の私に対する無関心さが窺えるというものだ。公人としての私にしか用はないという。
「…何故、議会であのような発言をした」
珍しく、怒りを顕わにしている。
ああ、私。
もう、殿下が何をしようと思おうと、何も感じない。
狂おしいほど、殿下を愛していたはずなのに。
「現状からして、私の申し出は至って真っ当だと思いますが?」
「だとしても! 何故彼女の名を出した!」
やはり、怒りのポイントはそこなのね。
冷え切った眼差しを向けると、殿下が怯む。今更。
「アドリエ嬢でしたら、殿下と上手くいくと思っただけですが? 私よりずっと」
これでもかと皮肉を込める。本音でもある。
「しかし、彼女は…」
「アドリエ嬢が?」
「──…彼女には、領地に結婚を約束した、幼馴染がいる、と」
苦し気な表情で、絞り出すようにフィリクは言った。
「妃殿下、面会申請が来ております」
「そう、どなた?」
「マリエル=アドリエ子爵令嬢です」
議会の翌日という早さに情報源が透けて見えて、笑える。
「あちらがよければ、本日午後と伝えてくれる?」
「かしこまりました」
向こうから断るという選択はなかっただろう、仕事もあっただろうに、アドリエ嬢は現れた。
「王太子妃殿下にご挨拶いたします。お早い面会許可、感謝に堪えません」
「どうぞこちらへお座りになって」
「はい、失礼いたします」
ソファに着席を許可すると、侍女にお茶を用意させてから人払いした。護衛も含めて扉の外で待機するようにと。
「改まって、お話とは何かしら?」
「……先日の議会で、側妃の話が出たことを伺いました」
「そう、それで?」
「妃殿下が、わたしを推薦されたと…」
「そうね」
面会申請の時点で、何を切り出されるかは予想がついていた。そして、誰からそれが漏れたのかも。
「あの、王太子殿下からお聞きになったかもしれませんが、」
「領地で結婚を約束してる人がいるとか?」
アドリエ嬢の言葉を継ぐと、思いつめた顔が顕わになる。
「は、はい! そうなんです、なので、候補を取り下げていただけないかと…」
「──私が、何故そんなことをしなければならないのかしら?」
「え…」
「子爵令嬢のあなたが、まだ王太子妃である私に、そういった願いを口にするのは、筋違い、いいえ不敬だとは思わないかしら?」
分を弁えていると思っていたが、私の思い違いだったようだと失望を覚える。
突然訪ねてくるような非礼を犯さなかったにしても、学生時代に多少話しただけで親しいわけではない私に、こんな不躾なお願いをしにくるとは。
「いえあの…」
「それに、推薦しただけで、あなたに決まったわけではなくてよ」
「それは、そうなのですが…」
どうしてこれほど歯切れが悪いのか、理由を実は知っている。
フィリクは、余程目の前の女性を信頼しているのだろう。彼女の言うことに、疑いすら持たず、信じているのだから。
私とて、自分が報われないからといって、同じ地獄に無関係の他人を落とそうなどとはさすがに思わない。
”領地に約束したひとがいるというのは、偽りですものね?”
だから、彼女に耳打ちした。
誰からも、おそらく姿を見せないだけで存在するだろう、影にさえ聞こえないように。
「……っ!!」
彼女の表情は私を確信させるには、十分だった。
私が殿下に想いを寄せていることも、殿下がアドリエ嬢を密かに想っていることも、彼女は気付いていた。
その上で、偽りを述べたのだろうことは理解できなくもない。
だが、発端が善意からだったとしても、私的なものだったとしても、王族を欺いたことに変わりないのだ。
執務ができる程度には回復したので、溜まっていた書類を片付けている中、部屋の外がにわかに騒がしくなる。
制止する侍従と侍女の声。
ふうん、来たのね。
「彼女に何を言った?!」
ノックもなしに開け放たれたドアの向こう、見るまでもない。
「──これを管理課に。これは、陛下の秘書官に回しておいて。この書類は、」
誰が来たかなど確認もせず、仕事を捌いていく。そんな私の態度が気に障ったのか、つかつかと大股で歩み寄ってきた招かれざる来訪者は、一枚板の高級机に憤りをぶつけた。
バンッ!という荒々しい音に、近くにいたものたちが、びくっと身体を震わせる。
「昨日、ここに来たことは分かっている! 何を言った?!」
ああうるさい。折角治まっていたのに、また頭痛がひどくなったわ。
「王太子殿下。今、執務中なのが見てお分かりになりませんか?」
「私が来たのに、何だその態度は?!」
むしろ、今まで最優先にしていたのに、気付かなかったあなたがそれを言うの?
「私が何をしても、懐妊したときでさえ、祝いの言葉すら届けることもなかったというのに。彼女のためなら、時間はいくらでもおありになるようですね」
私の痛烈な皮肉に、目の前の殿下が気色ばむ。
おおよそ想像はつく。
昨日の件で、彼女が気落ちしているか、何か不自然なところでもあったのだろう。
別に何もおかしなことは言っていないけれど。ただ、彼女の隠し事を暴いた上で釘を刺しただけで。
それを問いただしたところで、答えなど得られるわけがない。
彼女とて、隠したいことなのだから。
「お話があるのでしたら、事前に申請してください。私も暇ではないのです」
書類の文字を追いながらの台詞だ。通常なら不敬に当たるだろうが、礼儀もなく突然押しかけ、怒鳴りつけてきたのは殿下の方だ。
こちらが礼節をもって接する義理はない。
「──殿下を執務室までお連れして。どうやら王族としての礼節を忘れてきたようだから」
「不敬だぞ!」
「では、陛下にご判断いただきましょうか? 私は一向に構いませんが」
本当に、聡明で誠実な殿下はどこに行ってしまったのか。周囲も、まるで見えていないようでと嘲笑する。
この室内には、管理官、秘書官、侍従、侍女、他にもいるのにね。
先の私の言葉を否定もせずに、普段の理性もどこへやら、怒りを顕わに意味不明な言葉を並べ立てるだけ。
それが、何を意味するのかも、今の彼は分かっていない。
「どちらにせよ、会議は明日です。結果はおのずと出るでしょう」
恋がここまで人を愚かにするのか。
単に殿下が、恋に狂っただけなのか。
私の中にあったその感情は、もうどこを探しても見つからないから、分からないけれど。




