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妊娠に関して、センシティブな内容が含まれます。嫌な予感がした方は、どうぞ回避を。
7度目の閨を経て、妊娠を侍医に告げられたときは、心から安堵した。
少なくとも、出産までは触れられずに済む。あんな業務のような、いやフィリクにとってはそうなのだろう。
心どころか、思いやりの欠片もない行為から、しばらくは解放される。
もちろん、王家の血筋を絶やしてはならないので、最低でも2人、望めるのならば3人は産まなくてはならないにしても。
いっそ側妃でも娶って、そちらと作ってくれないだろうか。
そう考えた自分に驚いた。
そんな考えが浮かんだことに。
以前なら、フィリクが自分以外に向ける視線にすら嫉妬していたというのに。
人の心は移ろうものだというが、自分にも当てはまるとは思わなかった。
ずっと、殿下だけを想っていたから。愛してきたから。
他の女性を想う殿下を見ても、自分の心は変わらなかったから。
変わることなどないと、思い込んでいた。
──けれど、今の変わりようときたら。
滑稽で、惨めで、笑うしか、ない。
体調が安定してきた時期に、母が訪ねて来た。
大した用件があるわけでもないのに、幾度となく王宮へ足を運ぶ母。父は何も言わないのだろうか。いくら娘が王太子妃とはいえ、あまりにも頻度が高すぎる。
今日は正妃様の私室へ招かれているのでそちらにと、案内される。
いい加減、諫めるべきだろうか。
言って聞くような人ではないけれど。
「正妃様にご挨拶いたします」
「ああ、来たのね」
ほどなく着いた正妃の私室では、既にお茶会は始まっていて、会話も弾んでいた。むしろ私は邪魔では?と思ったのだが。
「それにしてもこの子、在学中に一度、婚約解消できないかなんて言ってきたのですよ」
これまでの話の流れは分からないが、何故それを正妃に言うのか、母の神経を疑う。
「お母様、」
「まあそれは、フィリクに何か不満があったということかしら?」
止める間もなく、正妃に鋭い目で見られる。その目は、わたくしの完璧な息子のどこに不服を?と如実に語っていた。
「いえ、殿下に不満など…」
「それはそうでしょう。フィリクは側室が産んだ子たちと違い、非の打ちどころがないのですから」
「娘は思春期特有の不安でもあったのでしょう。正妃様が気にすることではありませんよ」
「あらそう? でもよかったわ、婚約解消などならずに」
「ええ、今は殿下のお子も身籠って、夫婦生活も順調みたいですし」
どこを見て、そんなことを言っているのだと言いたかった。しかし、正妃の次の言葉ほどの衝撃はなかった。
「婚約解消になどなったら、アマンダともこうして気軽に会えなかっただろうし」
アマンダ…母に気軽に会えなかっただろうし?
「本当に。娘が王家に嫁いだおかげで、様子を見に来る名目で、正妃様にお会いするのも以前ほど難しくなくなりました」
何を、言っているのだ、この人たちは。
「王は頼りにならないし、側室はいつでもわたくしの地位を狙っているわ。信頼できるのはアマンダだけよ」
「もったいないお言葉です、正妃様」
「いつものように、イリアと呼んでちょうだい」
「はい、イリア様」
嬉しそうに会話する、正妃と母。
私はどうしてここにいるのだろう。
何のために。
その後、どうやって正妃の私室を辞したのか覚えていない。
あの会話は、どう聞いても、どう解釈しても、母が、母たちが、自分たちのためだけに、私と殿下を結び付けようとしたとしか思えなかった。
殿下の意思も、私の意思も、一切考慮せずに。
正妃のように、確固たる地位にいても、いつ足元をすくわれるか分からないのが、王宮というところだ。まして、現国王には複数の側室がいて、フィリクの他にも王子がいる。
それは、とりもなおさず、代わりがいるということ。
心から信頼できる人間というものが貴重な存在ということも、理解できなくはない。
理解、できなくもない。けれど。
だから?
だから何だというのだ?
だからといって、私たちを、子供を、道具のように利用していいとでも?
母たちに、その意識はないかもしれない。
自分たちの子供が結婚すれば、気兼ねなく会うことができるし、友人としてより深い付き合いができるといった、そんなものだったのかもしれない。
それが、私を今、こんなにも苦しめていると、母が思い至ることは絶対にない。きっと少しも、考えすら及ばない。
私のこの、やり場のない、虚しさともやるせなさともつかぬ、感情はどうしたらいいのだろう。
日々、王太子妃としての執務をしながらも、心の中の迷宮からは抜け出せず。──自分の存在意義を見出せず。
何のためにここにいるのだろう。
誰のためにここにいるのだろう。
公爵家のため?
国のため?
母のため?
正妃様のため?
殿下のため?
──誰も、私のことなど、見てはいないのに…?
私でなくても、王太子妃はそれなりの身分と器量があれば、誰でもいい。そう、私でなくとも、よかったはずなのだ。
それこそ、殿下の想い人である、アドリエ嬢であっても。子爵家で家格に問題あるが、殿下が望めば叶ったのではないか?
むしろその方がうまくいったのではないだろうか。
私が、王太子妃でいる意味は、何…?
懐妊していようが、執務がなくなるわけではない。臨月近くなれば話は違ってくるが。
つわりのせいか、食欲はなく頭痛もひどい。ろくに食べてもいないのに、吐き気がして気分も悪い。片付けなければならない書類があるのに集中できないのが辛い。
それでも、私の執務の肩代わりなど期待できないことは、誰より私自身が知っている。
意味も意義も見いだせず、機械的に過ごしていた私の転機は、それからすぐにきた。
執務の合間、休憩時に何気なく飲んだお茶に、毒が入っていた日。
それが原因で、流産したと告げられた日。
このときに、私は決めたのだ。
これからのことを。
自分が、何を選択すべきかを。




