②
起き上がれるようになったルシアが議会を招集したというが、内容がまた驚きだった。
議題が、側妃選定とは。
今まで鬱陶しいほど、こちらを窺っていたというのに、どういう風の吹き回しだと。
しかも、自分は今後子を望めないから、正妃の地位を退くという。
他に何か思惑でもあるのかと訝しく思うが、そこまでは何の問題もなかった。
「私は、王太子殿下の秘書官である、マリエル=アドリエ子爵令嬢を推薦いたします。彼女は在学時から優秀な成績を修め、現在は殿下の補佐として申し分ないと伺っております。公私ともに、殿下を支えてくれるでしょう」
──彼女の名が、出るまでは。
マリエルに将来を約束した人間がいることを、口に出すだけでも嫉妬でどうにかなりそうなのに、よりにもよって議会で名前を出す、何もわかっていない女を初めて忌々しく思った。
彼女を苦しめるような真似など、許せるはずもなく。反対するも、結論は繰り越しになり。
どうにか彼女のために回避できないかと悩ませていたところ、マリエルがルシアに面会を申請し、その後から様子が明らかにおかしくなった。
緊張しているようであり、どこかぼんやりしてるようでもあり、呼ぶと泣き出しそうな顔をしたりする。
どう考えても、あの女が余計なことをしたとしか思えず。
執務室へ勢い込んで行くも、まったく動揺することもなく、何事もないかのように仕事をしている姿に、カッとなった。
怒鳴り声にも臆することなく、ただ冷めた目で見るだけで。
今までとあまりにも違う態度に、若干戸惑いが生じるも、怒りの感情は抑えられなかった。
それが、議会の決定に影響するなどと、夢にも思わずに。
「…すまない」
「……」
マリエルは言葉もなく、俯いている。今日はいわゆる初夜というものだ。
こんな結果になったのも、あの女のせいだと怒りを募らせる。
議会で決定したことは、貴族の総意であり、王族でも覆すのは困難だ。翻すには、理由がいる。相応の理由が。
しかし、フィリクには有効な、議会を納得させられるだけの材料がなかった。
フィリクが戸惑っている間に、養子縁組と後宮入りするための手続きは完了し、現在は寝台に並んで座っている状態だ。
申し訳なく思いながらも、議会の決定という名分の下、焦がれていた女性に触れることができるのだ。
罪悪感もあるが、それ以上に歓びが勝ることに、どうしようもないと頭を振った。
軽く倒すと、不安に揺れる目が逸らされる。
それから先は、覚えていない。
夢中で、彼女を貪ったとしか。
その夜は、彼女が疲労のあまり弱弱しく抵抗しても、止められず。
朝になって平謝りしながら、寝台から起き上がれない彼女を世話するのが楽しくて。
これが愛しいという感情なのだなと噛み締める。
愛するひとに触れられるのが、これほど充足感を与えるということを、フィリクは知らなかった。
だが、その幸福感も1カ月もしたら、現実に戻された。
彼女を愛しいと思う感情は変わりない。
けれど、どんなに抱いても、身体を開かせても、彼女は固く目を瞑ったまま。
口接けても、唇すら頑なに開かない。
始めは触れたくてたまらなかったひとに触れられる嬉しさで、そんな余裕はなかった。
回を重ねるにつれて、反応を見るようになると、決して彼女は納得して抱かれているわけではないことを突き付けられた。
マリエルは言っていたではないか。
領地に、将来を約束したひとがいると。
幼い頃から、未来を見据えていたひとがいると。
精神的に疲弊している中、執務も端から増えていって、疲労は積み重なっていく。
「……これは、数時間前に提出したものだろう。何故まだここにある?」
「あー…それ、差し戻し分です。よくよく確認したら、数字間違ってたみたいで」
「これもか?」
「その山は全部そうみたいです」
今までこれほど戻ってきたこともなかったというのに、マリエルが王太子妃教育で執務室を去ってから、やたらとこういうことが増えてきた。
代わりに入ってきた秘書官はあの女が手配した人員。無口で、もくもくと作業しているが、もしやこいつのせいなのか?
マリエルがここにいたときは、差し戻りなどなかったのだから。
「おい、そこの」
「……」
「おいっ!」
「殿下に呼ばれてるみたいですよ」
レーヴラインが気を利かせて隣に声をかけると、無心に書類を片付けていた男が顔を上げた。
「…何か?」
「呼んだら返事くらいしろ! 何だその態度は!!」
「恐れながら、私は”そこの”や”おい”という名前ではございませんので、名前を呼んでいただかないと分かりません」
実に慇懃に返す男に腹立たしさが増す。しかし、こんなどうでもいいことで言い争っている場合でもないと思い返した。
「…まあいい。お前、手を抜いているわけじゃないだろうな」
「何を根拠に言われているか、具体的にお願いします」
「お前が来てから、差し戻しの書類が明らかに増えてるんだ!」
「……別に、私はいつでもここを去っても構いません。妃殿下にお願いされたので、来ているだけですから」
溜息をつき、悪びれずにそんなことを言う男に苛立つ。しかも、あの女を引き合いに出すとは。
「では、出て行け。お前は必要ない」
「! そうですか、ありがとうございます!!」
ぱああ、と輝く笑顔を見せた男は、持参していた道具を片付け、あっという間に去っていった。
あーよかった、ここの仕事、尻拭いばっかで正直きつかったんだよなーという大きな独り言を残して。
呆気にとられたのは、フィリクだけではなかった。
そしてその数時間後、父に呼ばれた私は叱責を受けた。
あの女が手配した秘書官は元は陛下付きで、レーヴラインやランドストムより余程優秀であったことも知らされた。
執務が滞っているのは、フィリクたちの実務能力の低さであると。
つまり、嫌がらせなどではなく、むしろフィリクを思って有能な人員を入れてくれていたのだと。
父としてではなく、国王としての叱責。
マリエルにどれだけ愛情を注いでも返ってこない焦燥感。懐妊が判明してからは、軽い触れ合いすら躱されている。
自分の価値というものを見失いそうになったときに、ルシアの心配りに触れ。
離縁を望んでいると嘯きながら、やはりルシアはフィリクをまだ想っているのだと。
ふらりとそちらに足を向けてしまったのは、仕方のないことだったのかもしれない。
しかし、寝室付近には護衛が配置されており、夫が妻を訪ねてきただけというのに、通されなかった。
応接室に誘導され、ルシアと向き合うが、悉く論破される。
そして、はっきりと告げられた。
”愛していた”
2度繰り返され、それが過去形なのだと、気付かされた。
秘書官「ちゃんと自己紹介しましたよ」




