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「ルシア!」
すべての準備を終え、これから城を出ようとしたところで、聞き覚えのありすぎる声が呼び止めた。
「待ってくれ、ルシア…! 君がいないと、何もかも失ってしまう…!!」
なるほど。
最後に挨拶したときに陛下から、聞いてはいたが。
アドリエ嬢は頑として頷かず、かといって、彼女を得たいのなら子爵家に婿入りとなると。
どちらも選びたくない、か。
私が盾になれば、少なくともフィリクの王子としての地位は安泰だろうという。…吐き気がする。
どこまでも、自分本位な考えに。
それは彼女も。
フィリクが臣籍降下を拒んだ上で子爵家に戻るのならば、子は堕胎するように言われているはずだ。曲がりなりにも王族の血。今後の火種になりかねないから。
私は足を止めない。
一切、振り返らない。
何度も私の名を呼ぶ声が聞こえているが、知ったことではない。
選択は、既に終えているのだから。
そのうち、どけ!とか邪魔だ!という声も混じってきたということは、誰かが、フィリクの行く手を遮っているのか。
放せだの不敬だのの声は遠ざかっていく。
そしてやがて、フィリクの声は聞こえなくなった。
「──妃殿下」
まだその呼称で私を呼ぶのか。フィリクよりは余程耳に馴染んだ声。
何せ、執務上でほぼ毎日顔を合わせていた2人だ。
「マイヤー卿、ウッド卿。…忙しいのに、見送りに来てくれたのですか」
「ええまあ」
妙に歯切れが悪いが、最後だし気にすることでもない。それより、馬車止めには御者くらいしかいないが、その呼称はやめた方がいいと忠告すべきか。
…今更か。
「ありがとう。あなたたち2人には、いろいろと助けられました。これからは、新しい王太子夫妻を支えてあげてください」
「………」
「………」
? 返事がない。
聞こえなかったわけではあるまいに。
「…妃殿下は、これからどうなさるのですか?」
怪訝そうに見やる私に、マイヤー卿が意を決したような顔つきで尋ねる。
何故そんな一大決心みたいな表情をしているのだろう。
「父に、公爵家管轄の領地を任されたので。そこに向かうつもりです」
「そうなのですか?」
私は、今になっても、自分のやりたいことが分からない。
行動原理がすべて、フィリクのためだったから。
それが当たり前すぎて、気付かないほどに。
ただ、フィリクのためというのは、ある意味で自分のためともいえるかもしれないが。
彼に失望されたくなかったから。
愛されたかったから。
私が努力することで、いつか振り向いてくれるかもしれないと。
いつか、愛してくれるかもしれないと思っていたから。
ずっとずっと、フィリクのために、彼に相応しくあるために、生きてきた。
だから、その想いから解放された今、やるべきことがなくなった今。
やりたいことというものが、自分の中にはなかった。
「父に、分からないなら、探せばいいと。…私は、自分がどうすれば幸せになれるかなんて、考えたことがなかったから」
懐かしい土地で、時が経てば。
私は、私がどうあるべきかではなく、心の赴くままに過ごすうちに、それが見つかるのではないかと。
「──…私も、お手伝いさせてはいただけないでしょうか?」
「…え?」
「妃殿下が幸せを感じられるように…あなた様が、ずっと笑っていられるように、傍にいることをお許しいただけないでしょうか?」
「あ、俺もついでにお願いします」
マイヤー卿の意外な申し出に乗っかるようなウッド卿。
「実は、2人とも、職を辞しておりまして」
「…それはまた何故?」
補佐官や秘書官は、簡単に就ける職ではない。
それに、彼らの抜けた穴は各所に影響するはずだ。
そんなことが分からない人間ではないのに。
「…妃殿下のお傍にこそ、価値があるからです」
「ヘリオス、お前、ずっと俺なら妃殿下にあんな顔させないのにとか言ってたくせに…」
真剣なマイヤー卿の隣でウッド卿が何か呟いたが、声量が小さすぎて聞き取れなかった。
しかしそうか。
「…もう王城には戻れないのですね?」
「はい」
「俺もですー」
有能で、ある意味、気心知れた2人が付いてきてくれるなら、心強い。
決断に迷いはなかった。
「──分かりました。それでは、行きましょう」
私の返答に、嬉しそうな笑顔を見せる2人。よかったなヘリオスとか言いながら、バンバン背中を叩いているウッド卿を見ながら、私も笑っていた。
どうしたら幸せになれるかなど、考えて分かるものじゃない。
けれど、自然に、作ることなく笑えるならば、それは幸せだと言えるのではないだろうか。
幸せを願ってくれるひとがいて。
笑顔でいることを願ってくれるひとがいて。
そのひとたちが傍にいてくれるのならば。
私は、幸せでいられるような気がする。
この先のことなど、誰にも分からないけれど。
了
ルシアの幸せって、当人が未知の世界すぎて、結局こうなりました。
本編はこれで完結ですが、番外で、フィリク、アマンダ(公爵夫人)、その後の話を予定しております。




