ファルセ・リーベルトの傍観
ログアウトして家族で昼食を終えた後、ハルセは『ニジゲンに飽きたトコロEX』関連のメールやキャラクター頁を見直して、ロディを見つけ出した。
初めも初めの当選お知らせメール。攻略対象の画像と氏名が並んでいた所に、魔法師団の新星はロディ・ノヴァだとしっかり書いてあった。
体験版に居たマシュリが『EX』にも存在しているのかは判らないが、とにかくも今回、攻略対象として設定されているのはロディの方なのだ。
(とんだうっかりで、せっかく魔法教えてくれるって言ってたのに変な態度とっちゃったなぁ)
体験版で言動の選択肢が出てくるというのは、邪魔なこともあったけれど、かなり親切ではあったのだとしみじみする。
あれからゲーム内では日付が変わっている筈だ。確か明日以降に来いと言っていたから、行ってみようとハルセはログインした。
自動行動が途切れた場所はまた外だった。
今度は朝の時間帯だったから学園へ向かっていた模様。
ログアウトしていたのは大した時間じゃなかったけれど、何となく履歴を見てみた。
[三・二五 昼:学生食堂で昼食。
図書室で???を見かける]
[ ……]
[ 夕:学園でロディ・ノヴァを見かける。
寮で夕食]
[ ……]
[ 夕:寮で夕食。コーニャ・クインと知り合う]
(コーニャて誰。というかファルセ、ロディを目で追ってない?)
綺麗な目を見過ぎていたんだろうか。何となく恥ずかしくなってくる。
顔をぱたぱた手で扇ぎつつ、寮と隣接している校舎へ入った。
エントランスホールから別棟への階段に向かいかけたファルセは、左手の廊下から女の子の声がして目を向けた。
「おはようございます、タクティー様ーっ」
長い金髪を揺らして制服の女子が速足で奥へ行く。行く先に、すらっとした青年の姿が遠く見えた。
「おはよう、アンダルア令嬢」
辛うじて聞こえた声は何処となく物憂げな響きだった。アンダルアは侯爵家の家名だ。
「婚約者なんですから、ハニーって呼んでくださぁい」
ファルセはちょっとぽかんとしてしまった。体験版では劣等生令嬢と揶揄されながらも健気に立っていたカタリナ・アンダルアとのギャップが凄い。
(うわぁ、わたしもそのうちマリアのイメージ壊してるって思われそう)
それにしても、内定もあやふやだった婚約に早くもこぎつけているのか。流石にファンは積極的だ。
今のハニー嬢の言動は自動行動ではないだろう。現実では平日木曜日の昼下がりだけれど、他のヒロインも年代が近いとなれば春休みでログインしているかもしれない。
この状況で集まったら大変そうなので、ファルセはそそくさと階段を上がった。
二階から渡り廊下を行った先が別棟となる。三階分使って大量の本が収蔵されていて、二、三階部分が一般開放の図書室だ。
渡り廊下の半ばを過ぎた辺りで、耳が別の女の子の声を捉えた。歩みが緩む。
「──まして! ノヴァさんですよね?」
「初めまして」
ぽそりと応じる声も聞こえた。ファルセは足を止める。
(先を越されちゃった。彼女もAIとは思えないや……わたし以外はタクティーに集中するかと思ったらそうでもない? そうでもない人を運営さんも選んだわけか)
魔法は今度にして前回のログイン時に考えていた飴を買っておこうとファルセは踵を返す。
背中から女の子の声がよく通って聞こえた。
「特待生として入学することになりました、コーニャ・クインです!」
履歴の、と思わず振り返ったところで又ぽつりと聞こえる。
「ボクはロディ・ノヴァ」
「ふふ、聞いてますよ、ノヴァさん、魔法師団の新星って言われてるんでしょう? スゴイです!」
(あ、それ言わない方が)
体験版で“才能を褒める”という選択肢から、若いのにスゴイよね、と言ったら、マシュリはいつもの無表情のままごく微かに首肯して顔を逸らし、ハルセへの興味を失した空気を醸した。実際にそれからしばらく、ほぼほぼ無視された。
何がいけなかったのか、周囲の人から話を集めて判ったのは──
天性の才能で、労せず十三歳で最年少師団員となった、魔法に名高いノヴァ侯爵家の御曹司。
持て囃され祭り上げられたかと思えばやっかまれ、おまけに年頃になったら血を残せ繋げと種馬扱い。
小ネタで仕入れたのは甘党というモノ。因みに小ネタを活かしたかったが体験版の彼は見向きもしてくれず、学園街の古書店で見つけた魔法の本で少し機嫌が直った。
何はさておき、要するに彼は、タクティーとは別ベクトルで自らの存在意義を疑問視している青年だ。
仲良くなれば素直に受け入れてくれるのかもしれないが、近寄って来る人間にひときわ警戒心が強い。褒め言葉はおべっかと捉えて殊更心を開かなくなる。
案の定、沈黙が降りた。さほど間を置かずに、あっ? とコーニャの小さな声。
(置き去りにしてるな、こりゃ)
「あのあのー、ノヴァさん──わたし、魔法教えて欲しいなーって」
「理事長からは聞いてない。ボクはやりかけの事がある。邪魔しないで」
(嗚呼……理事長に頼まれてた筈の異世界人にも、一つしか教えてくれなかったもんなぁ)
ファルセは心の中でコーニャの肩をドンマイと叩いてから、元来た方へ歩き出す。日付が変わっても呪文の構築とやらが終わって無さそうだし、飴買おう。飴。
(ロディも甘い物に目がないみたいだから、今度コーニャと会ったら、渡すといいよて飴ちゃんあげよう。体験版と違って食いつくんじゃないかな)
購買で瓶詰めカラフルキャンディーを三スタック分買ってから、“昼”の時間帯が近づいたので、ファルセは講義室へ行ってみた。
エントランスホールから階段を上がり、真正面の大きめのドアを開ければ階段状に椅子と机が並んでいる。下方の正面に教壇と黒板。
体験版では自分のペースで日の在る内に学園に来て講義を受けられた。
席に着くと先生が階下のドアから入って来て教壇の所に立つ。それで座学を受けた扱いになって知力が一上がり、時々運と魔力も上がっていた。
席に着く前には室内に居る名も無きクラスメイトや、攻略対象、女性陣とも話をすることができた。席に着いてからは五分ぐらいでベルが鳴って散開していく。
講義室を出れば昼休みから放課後という空気感で、好きに過ごして寮へ戻れば良かった。
四時間も昼の時間をとっているこちらは、どうなっているのだろう。
開いたドアの向こうは、シンとしている。誰も居ない。
座学には頭でっかちなクルグラがほぼ出現していたので、出くわさないで済むのはいいのだけれど。
席に着いたら何か起こるだろうかと、ファルセは最上段の席に腰かけてみた。
前方のドアを見て待ってみるも、先生が姿を現す気配はない。
椅子の背にもたれ、ファルセは胸の前で緩く腕を組んだ。
(座学が無いとは思えない。時間が決まってるのかな)
うーん、と高い天井の採光窓を見上げた時、微かな音で先程閉めた背後の扉が開くのに気づいた。
半ばのけ反るように見やると、細く開いた扉の隙から、恐る恐るといった態で小柄な女の子が顔を覗かせる。胸元辺りまでの長いピンクベージュの髪がふわふわしていた。色白の小顔。ぱっちりとした二重の双眸と瑞々しく血色のいい唇が印象的だ。
目が合う。
見る間に、ぶわぁっと彼女は真っ赤になった。顔だけでなく首筋まで。
ハルセは割と、同性にこの反応をされていた。つい反射的にスイッチが入る。陽毬監修の“王子様”スイッチ──心持ち声は低め、穏やかにスマイル。
「こんにちは」
「──ふぁ──」
ひと声発した途端、相手は目を閉じるや顔色が素に戻った。今まで見たことのない急激な変化だった。
ファルセが思わず引きつりそうな口元を頑張って固定していると、しばらくして少女は目を開いた。こちらを見るとぎごちなく微笑んで、そそそと扉を閉めていく。
(え)
「あの……ファルセ・リーベルトです。宜しく」
少女は、つと扉の端に手を添えた。顔を半分覗かせ、迷うような間を置いてから、何とか聞き取れる声量で名乗ってくれた。
「トモミ・ウチハシ、です」
最後は消え入るように言って、ぺこりと頭を下げると同時に扉を押し閉じる。
彼女が多分、異世界から来てしまった日本人──正ヒロインだった。




