表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/47

草薙智の憧れ

 VR対応PC(エクストラキューブ)の接続が強制終了してしまった。

 サイドボード上のキューブが、ちっかちっかと点滅してから消灯する。

 ベッドで仰向けに寝ていた草薙(くさなぎ)(とも)は、胸を押さえて息を整える。物凄い速さの鼓動が掌から伝わってくる。体調が急変したとキューブに判断されてしまったらしい。

(どうしよう。どうなったんだろう)

 昨日からログインできるようになった『ニジゲンに飽きたトコロEX(エクストラ)』は始まったばかりで、現実と同じく春休みらしかった。学園は閑散としていて、たまに物陰から見かけた人は攻略対象の男性と他のヒロインぐらい。

 赤面症の治療中である智には人気(ひとけ)の少なさは好都合だったし、優しいイラスト風の描写も辺りを歩き回る勇気を持たせてくれていたが──


 智の症状は後天型と診断されていた。老舗旅館の一人娘として育って、当然のように女将を継ぐよう期待された事がストレスになってしまっていたのだ。

 高校二年頃に、一時的にでも環境を変えたら症状が改善する可能性もあるという話になった。進学を機に少し実家から離れてみるのは、精神的にも違和感の無い環境変化の理由で、智には数少ない好機だった。

 何処へ進学するかを検討した時、経営学部であれば好きに選んでいいと両親も言ってくれて、智は憧れのタレント芳月(よしづき)タクトが聴講生として通っていた事のある県外の学校を希望した。

 彼自身は何処の大学か明言はしなかったのだけれど、ファンの執念は凄く、写真の一部に写っている物から学校が特定されていた。

 情報が発信された時は既に芳月タクトは聴講を終了していた。特定された学校へ行ったところで彼に会えるわけではない。智が受験を希望したのは、つまるところ聖地巡礼のような感覚だった。

 将来の事は一時忘れるよう心がけつつ受験勉強に取り組んで、その合間のささやかな息抜きに、ろくに遊んだこともないゲームへ、憧れ絡みで記念応募してみたりして……

 二つ目の合格通知が届いた時、自分はきっと一生分の運を使い果たしたと智は感じたのだ。


 寝転んだまま、智は周りを窺い見る。

 大学に近い単身向けマンションには十日ばかり前に引っ越してきたばかり。パステルカラー調で真新しくてお洒落で、時を積み重ねた重厚な色合いの実家とは全く雰囲気が違う。

 それだけでも脈を落ち着けるのに一役買った。

 智は息を吐き出すと、ゆっくり身を起こした。

 携帯端末を手に取り、自分のキャラクター頁を閲覧してみる。

 トモミが自動行動に移っているのが判った。


【現在ログアウト中──行動指標設定:学園の散策】


[三・二五 ……]

[     昼:講義室でファルセ・リーベルトと知り合う。

        園庭で昼食]


 治まった筈の脈が、また速まってしまった。

(講義室──あそこ、うん、そんな感じだった。ファルセ君て、さっきの人のコトだよね? すっごくカッコ可愛かったから攻略対象? の誰かかと思ったけど……)

 袴風の臙脂のワイドパンツを履いた後ろ姿が、凛としていて目に留まったのだ。サラサラっぽい綺麗な白金髪で、するっと大きな扉の部屋へ入って行った。何の部屋だろうと気になってもいたトモミはつい、ふらふらと後を追ってしまったのだ。

 扉をこっそり開けてみたら思いがけず近くの椅子にその美少年は座っていて、何だかしどけない仕草で仰ぎ見てきた。その上、お月様みたいな金色の目を細めて優しく笑いかけてくれた。

 とっても素敵で、かーっとなったらもう、どうしようもなく心臓がバクバクしたのが判って──

(──あーっ、どうしようどうしよう、絶対変な子だと思われたよぉ……でも、どうやって名前が判ったのかなぁ)

 履歴に何度も【???を見かける】という報告はあった。どうして今回はちゃんと名前が出ているんだろう。


 智のキャラクター、トモミ・ウチハシは日本から来たという設定だった。

 高校と大学の違いはあるが智と同じように進学を機に転居が決まって、引っ越し先へ向かう途中にゲームの舞台となる世界に落っこちてしまったという。

 教会に保護されて調べてもらったけれど、元の世界には帰れそうにない。

 調べてもらう過程で癒しの魔法が宿っていると判明して【この世界で生きていくしかないのなら魔法の技術を磨こう!】という事に。

 そうして、魔法を学べる学園に通う中【彼らは並び立ち、支えてくれるかも?】と書かれた下に、芳月タクト他三名の美男子のイラストが紹介されていた。

 ファルセ・リーベルトという美少年は載っていなかった。


 携帯端末を持ったまま智は悩んでハッと閃いた。

(もしかしてヒロインの一人──えっ? ヒロイン⁉ 何で男の子が⁉)

 智は錯乱した。

 


 ログインし直してファルセに先程の態度を謝るべきだと思うが、タクティー王子も遠くから眺めるだけでいっぱいいっぱいなトモミだ。近くであんな美少年(?)と対峙したらまた強制終了しかねない。

 家の雑事を片付け、実家からたくさん送られてきた食料品で夕飯を作りながら、智は携帯端末で自キャラ頁を頻繁に更新して分身(AI)の動きを追った。

 出来た食事に箸をつける頃、ファルセが多分女の子らしいと気づけた。


[三・二五 ……]

[     昼:講義室でファルセ・リーベルトと知り合う。

        園庭で昼食。???を見かける。

        講義室で???を見かける]

[     夕:学園で???を見かける。

        寮で夕食。ファルセ・リーベルトと会う]


 女子寮と男子寮が在るから、寮で会ったという事は、ファルセは女性だ。

 僅かに残念な心地になったけれど、安堵もした。智は性別に関わらず人と対すると緊張して赤面してしまうが、異性より同性の方がほんの少しマシだった。

(今度見かけたら……見慣れたら、謝れるかも)

 今しばらくは、分身に交流してもらおう。

(でもあんな女の子も居るんだなぁ。カッコ可愛かったなぁ)

 この二日間、学園内で見かけたヒロインは二人。長い金髪でタクティー王子に猛アタックをしかけている美人。ちょっと目立つコーラルのボブカットを弾ませて、あちこちを走り回っている元気な美少女。二人とも積極的に男子に話しかけていて、元々恋愛シミュレーションゲームというのもよく解っていないトモミは、ついて行けそうになかった。

(せめて期間中にファルセ、さんとお友達になれないかな)

 ささやかな目標ができた智は唇を引き結ぶ。

 時間はまだある。

 この時のトモミの累計ログイン時間は三時間五七分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ